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三遠南信 来春開通

新幹線の車中なので短稿かつリンクを貼ったり出来ませんが。

今朝26日の建通新聞で、標記が翌3月4日開通。引佐北ICから飯田方面へ13km。渋川寺島IC 鳳来IC だったかな。うろ覚えで失礼。全長100km、途中は一般道共用と計画通りには捗っていないようで心配していました。新東名 三ヶ日~御殿場間も明くる初夏開通が発表されていますね、かなり楽しみです。
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伊東忠太 京都の2 祇園閣ほか 今年のまとめ その4(完)

GION-KAK.gif 大雲院 祇園閣


伊東忠太・可睡斎護国塔100年展第5講座「視察研修会」
~建築家伊藤忠太の作品にふれる京の旅~ 平成23年9月16日 ・・午後の部、続きです。

まずは大雲院祇園閣から。
大雲院とは織田信長の長男信忠の法名にちなむ。天正15年の創建。信長・信忠の菩提を弔うため。大盗賊石川五右衛門の墓所としても知られる。
祇園閣は大倉財閥を設立した大倉喜八郎の私邸として昭和2年(1927)に完成。大倉男爵、翌昭和3年にお亡くなりになっているので実際に居住はしていない、完成を見たかどうかも分からないそうです。内部撮影禁止になっていましたが、妖怪趣味全開の怪建築でした。お寺さん自体も普段は非公開。
もともと大倉別邸として祇園閣があり、昭和47年、高島屋デパートの増床により移転してきた大雲院さんが譲り受けたそうです。
祇園祭の鉾に見立てた設計は施主の要望。建築家だけでは建物は建たず、施主の独創性が無ければ云々と設計士さんに聴いたことがありますが、財力があって独創的な人が文化を支えているのだとシミジミ思いました。

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左から、別角度、正面からの見上げ、狛犬、マンホール(無関係)

続きまして、西本願寺伝道院 大正元年(1912) 旧・真宗信徒生命保険株式会社

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伊東忠太 京都の1 聴竹居 今年のまとめ その3

CHO-season1.gif
 Ⅳ-42 藤井厚二≪聴竹居のための家具:客室のためのアームチェア≫1927年
 日本の目と空間 もうひとつのモダン・デザイン セゾン美術館 1990年 より

いやあ、ココ、行きたかったんです。京都大山崎の実験住宅『聴竹居』

伊東忠太・可睡斎護国塔100年展第5講座「視察研修会」
~建築家伊藤忠太の作品にふれる京の旅~ 平成23年9月16日 
講師:倉方俊輔 大阪市立大学准教授

日帰り強行軍の企画。出席メンバー24名は早朝袋井市役所出発。筆者は前泊で京都取引先に所用があり、現地で合流。

聴竹居(昼食)~祇園閣~西本願寺伝道院~豊国神社豊国廟~帰路のコース。

本稿は聴竹居、次回京都の2で残りをUPします。

CHO-zen.gif 外観

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サムネイル左から、玄関、縁側、縁側の端。柱が無いので視界が広い。採光、換気にはよく考えられた仕掛けが。窓枠の木ねじ、マイナスのネジですが、すべて垂直に1の字の向きに揃えてしめてありました。案内の方いわく『変態』のこだわり。

設計者 藤井厚二 明治21(1888)~昭和13(1938)
帝大建築科で伊東忠太に学び、竹中工務店勤務~京都帝国大学の教授に招かれる。伊東忠太が日本固有の建築を考えたように、藤井は日本固有の住宅を考え、自らの住居を”実験住宅”として繰り返し建て替える。実験住宅の最後がココ、聴竹居。

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伊東忠太 伊賀上野 俳聖殿 今年のまとめ その2

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国重要文化財 俳聖殿三重県教育委員会の解説ページです。

可睡斎護国塔(明治43・1910)が建築家としてのデビュー期の作品ならば、最晩年の俳聖殿(昭和16・1941)との比較が一等わかりやすい。俳聖松尾芭蕉の没後300年にあたる昭和17年完成を企図した事業。地元政治家(当時)の私財にて。上部の屋根は芭蕉の笠、二層目の屋根は蓑を着た肩、柱は脚と杖、全体で旅姿を表す。

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サムネイル左から内部の様子が2枚、別角度で笠の全面が上がっている様子がわかる1枚と、桜の時期の夕方。
残暑の残る9月中旬と桜の残る4月中旬の2回、立ち寄る程度の短時間の散策です。

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同じく左から、大慰霊塔(を囲むコンクリ壁)、レストハウス、うどん屋さんは真ん中が焦げた洗濯物(寸胴鍋の敷物か?)が良い味を出しています、そして伊賀市役所。この市役所や公園施設は、これまた著名な建築家 坂倉準三(1901~69)の作品のようで、忠太を訪ねて2度オイシイ建築散歩になりました。ル・コルビュジエに師事し、モダニズム建築を実践した建築家。オシャレです。

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年に2回も立ち寄って、この案内板の中心から時計の12時・俳聖殿から5時の伊賀市庁舎しか回れず、上野公園の上野城天守閣や忍者屋敷、芭蕉翁記念館は回れず。残念なことです。駐車場は4時の方向。

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伊東忠太 可睡斎護国塔100年 今年のまとめ その1

去る平成23年11月27日 表記の記念展の総まとめ、記念フォーラムを聴講してきました。

於;可睡斎瑞龍閣2階 13:00~16:30

第一部
基調講演「町おこしと文化財」 工学院大学教授 後藤治先生
袋井市の文化財の紹介 袋井市文化財課学芸員
伊東忠太・護国塔の紹介 倉方俊輔先生


第2部
模型寄贈および感謝状の贈呈
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設計段階では現存護国塔の3倍の大きさだった。設計図より精巧な模型を(1/48だったかな)制作し、寄贈。

パネルディスカッション「護国塔と町おこし」
倉方先生をコーディネーターに、後藤先生、学芸員さん、100年展実行委員長さん、そして
可睡斎第57世斎主 佐瀬道淳 老師


後藤先生、文化庁文化財保護部のご経歴が。
木造密集市街地では緊急車両の通行が困難ということで、渋滞緩和という現代の事情も含め道路拡張の憂き目に遭う。貴重な文化財建造物が取り壊されると嘆く。「渋滞はそんなに問題ですか?」と投げかける。地域の駅前集積、道路拡幅の再開発は失敗してきているでしょうと、道路拡張や鉄道による地域コミュニティの分断にも触れる。文化財を撤去すると地代が高くなる、文化財があると土地利用が制限されて価値が下がる・・・バブルまではそんな様子だったそうです。駐車場化する地方都市を憂う。欧米視察の事例報告あり、住民にのみ発行される路上駐車許可証(有償)で財政も潤う、路上駐車が歩行者を守る、スムーズな交通状況ではスルーされてきた商店街も渋滞を作ることで繁盛店など興味を引き商店街の活性化に繋がった事例を紹介。その他、ワシントンのアメリカ独立時代の建物が散在する町を町歩きルートとして活用、観光誘客UPなど。

平成8年の文化財保護法改正と文化財登録制度によって文化財再評価への機運を高めた。文化財の売買など流動性と利用価値を高めて経済性も高める仕組みが必要。

建物を活かし文化を生かす。登録有形文化財建造物のご案内 文化庁パンフレット(PDF)
それは、新しい発想、やわらかい仕組み。
文化財を活用しながら保存する<登録制度>です。(パンフレットより)

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業界紙 取材対応スケジュール

素頓亭記事 建通新聞 2011.12.14

 見たよと早速ご一報くださいましたTT先輩、ありがとうございます。
 相変わらず取材対応が苦手であることは、熱心な読者(一部の社員)は知ってくれているようですが、今回はご縁がありまして申し入れがあるまま「それではお願いします」の運びになりました。

 来年の何の記念記事か何か(すみません、ちゃんと聞いたんですが失念)で、県下50社程度の社名の由来を記事にされるそうです。静岡○○とかの地名や、○○防災なんて業種名が判り易いものを除いて、ということで「なにゆえセルコ?」という問合せあり。当社ショールームで取材を受けたなかで若輩者の話を面白がってくれましたので日を改めて今回のインタビューとなりました。写真は社屋外観なんかで頼みたかったところ、FACEのコーナーなのでニッコリお願いしますとのこと。カメラの前で笑うのは難しい。。。

 ところで記事内容ですが、間違いなく自分で話したことですが、聞き役の支局長さんたら聞き上手。和気藹々と話しながら、待てよ・これは書かないでというところや、業界やもろもろアンタッチャブルなところなど多方面に(無軌道に)弾んだ話をよくコンパクトに纏めてくれました。流石と敬意を表すると共に御礼申し上げます。

 今後について年内ものこり僅かななか、社会貢献活動についてと新技術発表と各1本ずつ取材応対予定があります。新技術のほうは開発担当者と部門長のコンビに任せようと思います。何事も経験ですので宜しく。
相変わらず記事写真の差し替えで遊んでいます。「素頓亭・すっとんてい」の文字が多いのはフォトショップのテキスト修正・削除がよく判らなくて諦めたからです。

どう読む? ≫ 100年企業とBCP策定の有無

中小企業のBCP策定6% 震災後も関心低く (12/13 09:10) 静岡新聞

拝借しました グラフも同紙より
     (ご担当者様、引用まずかったらご一報お願いします)

 県中小企業団体中央会が会員組合を対象に9〜10月に実施した「災害支援に関するアンケート調査」結果によると、震災後に事業を迅速に修復させる事業継続計画(BCP)を策定済みの組合は6・3%にとどまった。防災対策としてBCP構築が必要と回答した組合も3割程度と、東日本大震災発生後もBCPへの関心が依然低いことが分かった。
 アンケート調査は190組合が回答(回収率約20%)。東海地震を想定し、どのような防災対策を行っているか(複数回答)では、「組合員への防災意識等の普及啓発」が40・0%でトップ。「防災組織の構築」27・9%、「防災訓練の実施」24・2%で続いた。一方、「行っていない」が33・2%、「BCP構築」は6・3%と防災意識の低さを示す結果となった。
 また、今後どのような防災対策が必要か(複数回答)との問いには、「BCP構築」は31・1%にとどまり、11・6%が「検討していないとした。
 中央会はBCP普及啓発を2012年度の主要事業の一つに掲げ、本年度中に組合向けのBCP策定マニュアルをまとめる方針。同会指導部は「中小組合にとってBCP策定は震災に遭わないと成果が見えにくく、投資には慎重」とみている。会員組合や個別に説明会を実施し、専門家派遣などを通してBCP策定を推進する方針。

静岡新聞様の連載特集 企業減災 リスクに強い社会へ より
(7)BCP作成の現場 鍵握る経営者の意識  (2005/ 8/ 3 09:09)

神戸市で1月に開かれた国連防災世界会議。東京海上日動リスクコンサルティング(東京都千代田区)主席研究員の指田朝久さんは詰め掛けた約100人の企業防災担当者を前にBCP(事業継続計画)の展望を熱く語った。担当者のまなざしは真剣そのものだった。
                  ~中略~
 指田さんがBCPの支援業務を始めたのは米国でサンフランシスコ大地震が起きた16年前。壊滅的な被害にもかからず、BCPに従って素早く業務復旧を果たした米国の企業群を視察し、衝撃を受けて帰国した。これまでに国内数十社のBCP作成に携わった。講師としても全国を飛び回るBCPの第1人者だ。
 そんな指田さんは「BCPは防災マニュアルの延長ではない」と強調し、「経営者の意思決定なんです。社長室や経営戦略室が担当すべき話。現状では防災担当者から経営者に話を持っていくまでに高いハードルがある」と問題点を指摘する。
 耐震工事もままならない中小企業にとっては、BCPを作成する余裕がないという事情もある。指田さんも「現在作成しているのは大手企業がほとんど」と説明する。
 そんな中、NECグループのNECソフト(東京都江東区)はことし6月、中堅企業に的を絞ったBCP策定支援サービスへの参入を発表した。今後3年間で30ユーザーの獲得を目指す。
 「国がガイドラインづくりに乗り出したことで中堅企業のBCPも見込めるようになった」。広報室の井田隆雄室長が新規参入の背景を説明する。同社は業務システムの設計・構築から維持管理までを一括して手掛けてきた本業の技術力とノウハウの蓄積を生かし、廉価でのBCP作成を支援する。中小企業の需要を取り込みたい考えだ。
~以下略~


。。。そこで先日少し触れた
『昨12/8付け静岡新聞(WEB版未見)によると、来年2012に創業100年を迎える企業は全国で1960社。静岡県内88社は東京・大阪・愛知に次ぐ全国4位。(東京商工リサーチ調べ)』。。。

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忘年会 完売御礼&お酒の説明

                        忘年会 メンコです。

 先週末、弊社・工事安全協力会共催による恒例の忘年会を開催し、年末ご多用の中また遠方より多数のご参列まことにありがとうございました。お蔭様で盛会の内にお見送りすることが出来ました。ご来賓の皆様、協力会の皆様、社員一同を代表して心より御礼申し上げます、の趣旨で各社様あてお礼状をしたためました。内々ではやはり持ち回りとはいえ若手の準備設営の諸君、お疲れ様でした。お蔭で恙無く楽しい宴席になったと思います。「なにぶん不慣れな設営ございましたが盛会のうちに終えることができ、皆様の笑顔によりきっと喜んでいただけたものと、社員一同、ほっと胸を撫で下ろしております。不行き届きな点がございましたらなにとぞご容赦願います。」と一言申し添えておきました。

 会に先立つ社長挨拶の後、筆者が協力会長を勤める客先忘年会(同ホテル同フロアにて開催)に差し入れを持って来賓挨拶に抜けましたが、スピーチして戻ってきたら立食パーティーのように活発に席移動をしていましたね。お酒が減る一方、料理が全然減らない勿体無いことになってしまいましたが、それだけ情報交換の場として成功したのだとありがたく思います。(筆者は箸に触れることもできず)

 さて、今回差し入れた日本酒について、「復興支援のため」という大事な説明を忘れていたので遅ればせながら紹介しておきます。静かなGWでしたが、東北の復興酒を。2011.05.06という記事にご紹介しています東北の酒造業支援に熱心な入野酒販さんです。「カギ括弧」の説明はここのHPから。詳しく知りたい人は直接リンク先をどうぞ。

まずは地元の酒「開運」特選純米吟醸
「静岡酒は今や売れてる県の全国第三位とか。新サケドコロ静岡酒。一度飲んでみませんか...
地元注目など深いトコロをごあんない。静岡酒は中部地区のお酒が人気なのですが、西部地区は隠れ酒的ポジションと酒質。また、蔵元さんのキャラクターが抜群で、ヒト人気でも高まっています。」
社長を代替わりしてから銘柄にあやかって使っていますので1本だけはどうしても。上記客先差し入れもこれ。

以下、東北のお酒10種。辛口が多めだったのは好みです。

宮城県村田町 「乾坤一」特別純米辛口 醸造元 大沼酒造店
「今回の地震では本震で仕込蔵が入れない状態、4月6日に浜松に荷物を出してくれるも、4月7日多数の蔵元さんに被害をもたらした余震にて母屋も被害。4月28日浜松に荷物を出していただけまして、只今これをご案内中! 赤身が大好きの社長さんのこのお酒は赤身はマグロにカツオもバッチリ旨い!!」

宮城県石巻 「日高見」吟醸 醸造元 平孝酒造
「今回の地震では津波による被害。報道によりごらんになられた方も多かったことと思います。4月20日浜松に荷物出していただけまして、只今これをご案内中! 造りのポリシーが魚に合う酒というスーバーで買った刺身もリッチに最高楽しめる一本です!」

宮城県
塩竈市 浦霞 純米酒と辛口の2本 /大崎市 一ノ蔵「特別純米酒」超辛口 /黒川郡 鳳陽 特別純米山田錦

岩手県
南部杜氏 月の輪 純米 /釜石 浜千鳥 純米

福島県二本松市 大七 生もと辛口

秋田県大仙市 刈穂 山廃純米 超辛口・・・大好物、自宅用にも一升、別のお祝いの使い物があり、
                        昨日もうっかり一升買い。都合2升のストックになってしまう。。。

11升、完売でなくなりました。。。。皆さん、御身体ご自愛下さい。

台湾との友情のために工場視察

T-shoubo.gif 台湾繁華街の路地

台湾訪問の日本人観光客増加で記録更新! バスツアーや周遊券で対応 2011年12月10日16時25分 livedoorニュース

台湾を訪問する日本の観光客数が増加。台湾メディアが現状を伝えた。
 台灣醒報(Awakening News Networks)のウェブニュースによると、「台湾観光局は日本人観光客が2010年同期より44000人増え、23.7%増し。9.2%の成長率を記録し、同時期の記録を更新したと発表した」とのこと。「観光局職員が増加の理由として、昨年台北・松山空港と東京・羽田空港を結ぶ航空路線が開通し、日本人観光客にとって交通の便が良くなった。また東日本大震災後、台湾の支援に感謝してくださる日本人も増えていることが挙げられると語った」と伝えた。観光局職員は「日本の方が最も好む観光場所は、九〓(〓はにんべんに分)と平溪。日本と歴史的につながりのある九〓(〓はにんべんに分)は、アニメ映画『千と千尋の神隠し』の背景をイメージする舞台となり、日本で公開された台湾映画『悲情城市』のロケ地としてもよく知られている」とコメントしたという。  ~以下略~ 提供:サーチナ

取引メーカー関連工場視察の為、10月下旬、台湾に行ってまいりました。
代理店二世会の会長としてメーカーさんの引率。系列(資本投下)の電子機器工場と現地のメーカー販社を視察。
懇親会、2次会と歓待を受け大いに交流を深める。懇親会に先立ち一言ご挨拶を述べる機会を頂いたので、震災に対する200億円を越す義援金(世界最多で頂戴している)について、一日本人として台湾の人々へ忠心より感謝申し上げました。日本の国民栄誉賞の第一号が王貞治選手だったこと、関東大震災のあと帝都復興院総裁を務めた後藤新平は、台湾総督府民政長官として麻薬や伝染病の撲滅と原住民の調査で辣腕を振るい今も旧総督府の近くに銅像がある件、紹介してきました。台湾からの義援金については1999の9.21大地震の支援に対するお礼だと、現地の若社長が さらりと返してくれました。

T-kanseiTK.gif
日本の会社に神棚があるように、関聖帝君(三国志の関羽・ソロバン発明者といわれ商売繁盛の神として)が祭られていました。横浜中華街では関帝聖君と文字の配列が違う。で、あちらの人の方が信心深く、夜市に向かって立ち寄ったお寺も大勢お参りしていました。

以下クリックで拡大してください。
T-chusei.gif T-soutok.gif 蒋介石を祀った中正記念堂と台湾総督府

T-buil.gif T-yoichiKids.gif 夜市附近でカッコいい建物と元気な子供たち
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台北101と風圧制震装置TMD(チューンド・マス・ダンパー)、展望台から台湾最大のデパート京華城。
京華城は当初24時間営業のデパートで話題になったそうですが、深夜に高級品のニーズは無く通常のデパート営業に改めたそうです。しかし楽しい設計です。

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忘年会案内

昨12/8付け静岡新聞(WEB版未見)によると
来年2012に創業100年を迎える企業は全国で1960社。静岡県内88社は東京・大阪・愛知に次ぐ全国4位。
(東京商工リサーチ調べ)

ひとまずツィートなみの短稿ですが、後日、追記します(でしょう、気長にお願いします)。

当社、これから忘年会です。スピーチ内容は何しろ今年1年色々ありましたから事欠きません。
ただ、フランス哲学者の下記を引用しようと思っています。

『悲観主義は気分のものであり、
 楽観主義は意志のものである。
 およそ成り行きにまかせる人間は
 気分が滅入りがちなものだ』
 
       アラン 『幸福論』より

例年、地酒「開運」を参加者(社)すべてがよい年を迎えるため差し入れしていますが、
今年は、震災復興支援もかねて東北3県の地酒10種を用意しました。各テーブルにバラバラに配置しておきます。利き酒をしたい人は各テーブルを回って情報交換してください。飲み過ぎ注意で楽しみましょう。

※ 地酒が人気があるようなら酒肴コーナーで改めてご紹介します。

用件が三保でしたもので

MH-smzbk.gif MH-smzbk-tnyo.gif 右 天女像はクリック拡大

清水銀行さんですが、灯台をモチーフに羽衣伝説の天女が優雅に。気が利いています。
消防署も灯台をモチーフにしていました。

MH-td.gif 三保海岸清水灯台
明治45年、日本最古のRC造の灯台だそうです。てっぺんにちょこんと見えるのもやはり、天女をかたどった風見鶏。

MH-1c.gif ⇒ MH-2c.gif⇒  MH-wc.gif ⇒ MH-3c.gif
ところで、三保海岸そばで子猫が人懐っこく逃げないので写真を撮る。物陰から伺う黒いのがよって来る。2匹並んだと思うとまた1匹。最終、母ネコらしきも寄ってきてしきりに甘えてくる。餌付けされているようで、みんなひと撫でして会場へ向かう。
(ネコ写はサムネイル、クリックでいちいち大きくなります)

MH-MH.gif 六角形がイカス(旧)清水市

MH-td-GYO.gif 灯台、あまり面白いカタチではないので魚眼レンズ効果で撮。クリック拡大。

設備業界の研修会(夜は忘年会)では「東日本大震災に学ぶ」というテーマ。こちらは社内で報告します。

三保といえば東海大学の人体科学博物館。マリリン・モンローの口から入ってお尻から出てくる施設。キッチュで
好きだったなあと思いつつ、閉館したんだっけ?と検索。
2000年10月で閉館していたみたいです。写真つきでレポートしたHPがありましたので貼っておきます。便利な時代ですし、同好の士もいるもんです。


追記
羽衣天使 作者不明ですが天使画

明治期(たぶん)、日本画家が「天使を書いて」という注文を受けて「こんな感じでしょうか」と天女の羽衣っぽく仕上げてしまったのだと思います。京都で発見した一枚。

時間調整で清水駅前銀座

SG-MHu.gif マンホールの刻印が良い

なんだか導入部がご当地マンホールからという記事が増えてきたブログですが、防災屋です。
静岡市清水区は三保松原で設備研修会あり。時間調整は清水駅前銀座商店街散策。

SG-SG.gif 再開発に沸く清水駅前ですが商店街は味わいあり

上のような商店街に入る前に、線路沿いから遠回り。写真は終点?から駅に向かう方向です。
まずは土産屋さんの次郎長看板。
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そして薄いチケット屋さん。有効利用です。
SG-tik-y.gif SG-tik-f.gif

SG-MH.gif 行くつくところはマンホール

若い人はそうでもないかもしれませんが、清水~静岡~焼津あたりでは「はんぺん」といえば黒はんぺんのこと。一般の白いはんぺんを「白はんぺん」と区別していました。で、一杯飲み屋で(黒)はんぺんフライや、おでん屋さんも(黒)はんぺんが定番。浜松あたりでも「お好み焼き」は関西風、広島風が一般化して、もともとあった沢庵入りのウスターソースのモノは「遠州焼き」と改められてしまいました。ショッピングモールや住宅地もそうですが、地域色を味わえる場所は貴重だと思います。ひなびた温泉地(ダム湖に沈む予定とか)ばかりに行く友人がいますが、そうですね、わかります。稿を改めますが、文化財建造物を守る公職についていた先生いわく「駅前道路を広くして再開発マンションの不経済を経験してきた」と言い、コミュニケーションの断絶など実例と共に、「渋滞って悪いですか?」とかソフト面の賑わいプランを語っていました。面白かったので手が空いたら報告します。


重なるときは重なりますので

4-swa.gif 四日市諏訪神社

 社員の結婚披露宴に招かれ、式場に10:00参集。胸のハンカチを忘れ紳士服店に立ち寄る。
待機時間中、取引メーカーより訃報が入る。若いときの丁稚奉公先でもあり、上司に当たる方。
式ではスピーチを頼まれていたので、新郎(社員)に事情を告げ、スピーチ、乾杯、ご両親へのご挨拶
にて中座する(おめでとう、失礼したね)。新婦・奥さん、キレイでありながら芯がしっかりしていそう。
良いご縁があったようで新郎の操縦をしっかり頼みます。
ご両家への祝福と共に、ご本人の職場での活躍の様子(この夏の地デジ化と台風直撃の緊急修繕、、、過労気味)
を披露し、今後の期待を込めてお祝いの言葉を述べる。本当に今年は色々とあった中、「絆」が再認識された
1年でした。会社とはファミリー単位の絆になりました。

 祝電も社長名で出させて貰いましたが、「家に飾ってます」とは後日談。

 さて、亡くなられた先輩は四日市でお通夜のみ参列。ネクタイを黒に変えて車で。伊勢湾岸もスムーズ。
途中、見合PAで休憩。お客さんとバッタリ。「その格好、何かあったの?」と。ええ、かくかくしかじかと、
「重なることってあるよねえ」とお別れ。ゆとりをもって出たので小一時間、駅前の商店街を散策。
4-chikai.gif 諏訪公園 誓いの御柱

4-chilhouse.gif 四日市市子どもの家

登録文化財になっているようで、旧図書館かな。出入り口附近に特設ステージがあり全景は撮れず。

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経過を見守るだけですが

松菱ビル、解体は12月1日着手 地権者が地元説明会 (10/29 07:51)静岡新聞

 浜松市中区の旧百貨店「松菱」ビルの解体問題で、最大地権者のアサヒコーポレーション(同区)は28日、解体工事を12月1日から始め、建物の取り壊しは年明けに着手することを明らかにした。地元住民向けの説明会を同市内で開き、工事スケジュールや工事車両の退出経路などを説明した。工事が終了するのは来年7月末の予定。
 解体の対象は鉄筋コンクリート造り、地下2階、地上8階建ての本館と共同ビル部分で、延べ約2万6000平方メートル。解体費用は5~6億円。負担割合は地権者間で調整を続けているという。
 同社によると、11月中旬からビル内で衣装棚など大量の残留物の撤去を始め、12月1日に仮囲いや足場の組み立て、アスベスト処理に取り掛かる。年明けから重機を屋上に上げて地上部分の解体に入る。施工業者は、ゼネコンの佐藤工業名古屋支店(本社・東京)。
 跡地開発について、アサヒコーポレーションは「現時点で具体的なものはない。更地になり、新しい動きが出てくることに期待している。できる限り早く、次の展開を模索したい」としている。
 説明会には地元住民や関係者約50人が出席。「浜松まつり前後の数日間は工事を止めるべきだ」「解体しない新館の安全対策は大丈夫か」などの意見や質問があった。
 音の出る作業は午前8時~午後5時までで、軽作業は午後7時まで。日曜、祝日は作業を休む。
いよいよ仮囲いでしょうか。忘年会シーズンにもなりましたので進捗を見ておこうかな。
中心市街地、ドチラも大変です。 2011.2.24
続報】 旧松菱、解体へ急展開 2011.4.14   注目していましたが来年7月末には更地になる予定。

デジカメ、ボロボロ、最後のファイルから。 2011.07.09のエントリですが、
高町マンションの駐車場ゲートの鳩一対
高町鳩阿  高町鳩吽
駐車場の間口を拡げるため門柱ごと撤去されていました。人様の資産で関係ないですが、気に入ったら片っ端から記録しておかないと。先日通りかかったときには、何がなくなっているのか分かりませんでした。

。。。で、中小企業金融円滑化法について。

モラトリアムというよりは徳政令 2009.9.28 ・・・政権交代で降って沸いたゾンビ法案。。。
安物買いの銭失いを税金でやらないで欲しいのだが 2010.12.10 ・・・ちょうど1年前ですな。

上段にて
「亀井「徳政令」新政権の火種に ~モラトリアムへの疑問~ 2009年09月20日 10:05 更新 にて、
~前略~
亀井構想は、規模や期間、内容から言って、鎌倉幕府の「徳政令」や江戸時代の「棄捐令」に近いものだろう。中小企業や住宅ローン利用者は確かに喜ぶだろうが、金融機関には重大な影響を与える。もちろん民間の「契約」を国が歪めることは、法的にも大きな問題が生じる。
 亀井金融・郵政担当相が代表を務める国民新党のマニフェストには、モラトリアムについての項目はない。中小零細企業や中所得者への減税には触れているが、借金支払いの猶予については一行たりとも記されていないのだ。
~後略~
という記述を見つけ、あぁそういうことか!と合点がいきました。狙いはどうあれ、確かに近代モラトリアムでなく、中世近世の徳政令の発想なんですね。そこには金融システムの安定の目的は無く、近い将来に何が起こるかは歴史から学ぶしかありません。先行きがまた不透明になりつつあります。

いやぁマイッタ。」と感じています。

下段、一年後です。
「モラトリアムというよりは徳政令 2009/09/28 というエントリをUPしています。その後、09年12月に”金融円滑化法”が施行され、来年11年3月に期限切れになると本来は破綻していたはずの中小企業倒産が表面化してくるのか、暗澹たる気持ちになります。記事中段にある中小企業庁の借換保証制度拡充などセーフティネットの緊急性も重要ですが、本来は退場を余儀なくされる企業がダンピングで市場を荒らしていくゾンビのような存在になっているのも事実。こと、建設不況については「良いモノを作るにはコストが掛かる」という視点がなかなか出てきません。税金で作る施設が「安かろう悪かろう」ではそれこそ納税者として納得いかないところですが、このへんで。」なんて締めくくっています。

帝国データバンクさんで、2011.11.09
特別企画 : 第2回「中小企業金融円滑化法」利用後倒産の動向調査
10月の金融円滑化法利用後倒産、過去最多
~返済猶予中に業績回復できず、行き詰まる小規模倒産が多発~
調査結果
1.「中小企業金融円滑化法」を利用して借入金の返済猶予を受けながら、後に倒産した企業が10月は22件を数え、9月(19件)を抜いて過去最多となった。2011年1~10月の合計は142件に達し、10月末時点で2010年1年間(23件)の約6倍に急増している
2.業種別では、10月は「製造業」10件が最も多く、「建設業」7件が続いた。倒産原因別では、「販売不振」(18件)が全体の8割を占め、業績を回復できないまま行き詰まる企業が目立つ
3.負債規模別では、「5億円未満」(13件)が約6割を占め、小規模倒産が中心。倒産態様別では、「破産」(20件)が9割超、「民事再生法」が2件を数えた


とか、「ほ~ら、ね。」ということになっているようですね。
税金を払ってライバル会社を延命をさせてデフレが進行する、、、ちょっと正気じゃ堪えられません。
政治行政の”公平”と民間の”不公平感”が近いとか、何の冗談かと//ブツッ!ツー・ツー・ツー(強制終了)

継続はチカラと申しまして

11月のはじめ、ブログ更新が低調だったので社員Mに怒られる。11月はちょっと真面目に10本以上UPしてみた。
「社長、最近サボってますよね?」え?決算前後(9~10月)は多忙でゴニョゴニョと言い訳するも、
「ボクはね社長。新聞テレビは見ないので社長のブログで情報を仕入れているんです。サボったら困りますよ。」と。。。それはどうかと思うぞ、M君よ。

ブログ公開して3年余。この原稿で469本目かな。意識的に自粛自重した時期もあれば、書き損じが溜まって更新が空いたことも。勿論、多忙を極めてという、、、う~ん。でも結局は気持ち次第だろうか。書き癖というか、習慣化している時と「久し振りに」と構えるときとは指先の軽さが違います。習慣は大事。月20本以上モノしているときは、予定稿というストックに時事ニュースを割り込ませていましたが、11月、書き癖が戻ってきたような。但しストックで書き溜めるほどの切迫感はありません。

社員に指摘されるばかりでなく、前職の先輩が「俺たちのこと書いただろう?」とか、友人がふとしたときに「あの記事のあれねえ」など、意外なタイミングで読んでるよと言われるとキョドります。「いつもマンホールばっかり見てるの?」とか。

ここのところの記事、社内外、公用私用問わず○年ぶりとか築○年とか○○周年とか時間の経過ばかり気にしていたようです。19歳で加入したバンドが20周年になっていました。今では2年に3回くらいの頻度でスタジオで遊ぶくらい。ライブは7年前が最後でしたが、先日リーダー(ベース)が昔の仲間に誘われ「やらないか?」。東京阿佐ヶ谷のこじんまりしたところでやってきました。(出張の予定と合わせ週末に)ドラムは高校の同級生。一番古い友人を引っ張り込みました。チェロは更にドラムの大学の同級生。ライブも7年振りですが、作曲にいたっては98年頃に作ったのが最後。以降リーダー任せになっています。済みません。打ち上げで「これからどうすんの?」とありましたので「何曲か作るよ」と豪語。自分を追い込んでみました。

xopowo20th.gif

あれやこれや参加している諸々。細々と或いは薄くなっても再会すればすぐに温まるというのはありがたい。喧嘩別れとか、これっきりというのは何とも切なく勿体無いのでたとえ気まずくともシャンシャンにしてからそっと場を離れるようにしています。話がずれた。どこからだ?逸れるに任せて、コツコツと継続してあれもこれも切らないでいますが、あまりモノを捨てられない性格でもあります。社会人になってからの後付けの性格はこの面子との出会いと付き合いに負っているように思います。随分と気長になりました。

修行時代の大先輩が物故され、懐かしい面々と長々と立ち話をしてきました。別項で。
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旅を仕事にしたい今日この頃。

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