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こうして民話になっていくんだねえ

meijiTAIKA.gif 静岡新聞 H24.03.30


「明治14年の大火で犠牲、奉公の少女を供養 天竜区」という記事から。民話の形成過程を見ているようでシミジミ温かい気持ちになりまして。

旅館の名称や奉公の犠牲者の名前が明確になっていることは勿論、「亡くなったのは旅館『鍋屋』へ奉公に出ていた大場やよさん。住民によると、就寝中に火災に遭遇した。」と、いま見てきたような取材も面白い。「一説では」と、夜警中に暖を取る火に大場さんの顔が現れたのが法要の始まり。位牌が50年後にできて80年以上続く。やめようかという度に”ぼや”が起こるなど、江戸期以前ならば仏教説話になっていたかも知れませんね。明治や敗戦でガラッと現代人に変わったような気がするかもしれませんが、社会構造は”だんだん徐々”に移ってきて、しかしどこかで繋がっているのかなと思います。

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全国初 予防策としての集団高台移転なるか 沼津

高台移転に8割賛成 沼津・内浦重須地区自治会 (3/20 07:27)静岡新聞

 県の東海地震第3次被害想定で最大10・4メートルの津波が到達するとされる沼津市内浦重須地区の自治会が19日までに、国土交通省の防災集団移転促進事業の適用を受けて、住民約440人の高台への集団移転を目指すことを総会で申し合わせ、合意した。国交省によると、被害が出る前の予防的措置として集団移転が実現すれば、全国初のケースとなる。
 自治会によると、地区には約110世帯があり、その多くが海抜5メートル以下に位置している。総会では委任状を含めた約90世帯のうち、8割以上が高台移転に賛成した。
 移転先の案として、同地区で海抜約45メートルの市立長井崎中周辺が示された。菊地正栄自治会長(64)は「今まで通りのコミュニティーが保てる場所でインフラ整備もある程度整っている。若い人が安心してこの地域で暮らしてもらうためにも、高台移転は必要」と話した。
 同事業は移転先の用地取得や造成などの費用を国が4分の3、自治体が4分の1負担する。ただ、住宅建設や土地購入の元本は自己負担となるため、一部から移転に慎重な声も挙がっている。
 事業の適用を受けるには、自治体から家屋建設の規制などがある「災害危険区域」の指定を受けなければならない。自治会は今後、住民の合意形成を進め、4月中旬にも市に要望書を提出する予定だ。
 市危機管理課は「高台移転は津波に対する究極の対策だが、まちづくり全体に関わるので、住民の声を真摯(しんし)に受け止め、意見交換をしながら関係部署も含めて総合的に考えていきたい」としている。
 同地区ではこれまで、高さ12メートルの防潮堤を約100メートルにわたって建設するように市に要望してきた。市は2010年度、防潮堤建設に関する調査を行い、昨年1月に住民説明会も開いた。しかし、その直後に起きた東日本大震災で巨大な防潮堤がことごとく津波に倒されたのを受け、集落の高台移転を求める声が高まった。

沼津市内浦重須地区 googleマップ

下記の大防波堤、現在は完全に水没して見ることが出来ません。現地の人から聞かなければ車窓からのよい眺めで通り過ぎたことと思います。復旧についても漁業関係者からは折角水質が改善しつつあるのに、また泥をかき混ぜることにならないかと慎重な意見もあるそうです。

大船渡港湾口防波堤
大船渡港湾口防波堤 国土交通省 東北地方整備局 釜石港湾事務所 HPより 整備目的

 昭和35年5月南米チリで発生した地震による津波はおおよそ一昼夜をへて、我が国の太平洋沿岸に来襲し各地に甚大な被害を与えました。この内大船渡市では死者・行方不明者は53人を数え、被害総額は42億円余の巨額に達しました。
 その後、このような災害から大船渡の多数の尊い生命と財産を守るため、特別措置法を制定し、運輸省直轄施工により昭和38年から4カ年の歳月と19億円の巨額を投じて建設されたのが、この大船渡港湾口防波堤です。
 この湾口防波堤の特徴は、目的が津波対策のため、津波来襲時の海水流入量の制限を行う必要があり、中央開口部を10万トン級の船舶が入港可能な水深(-16.3m)に規定し、潜堤を建設しています。また、地形的には最大水深が-38mに及ぶ大水深防波堤で、中央防波堤部分では堤体の平均高さが40mにも及んでいる部分もあります。
 防波堤標準部の構造は、基礎捨石上にケーソンを据付、上部にコンクリートを現場打設しています。また、開口部は-22.3mまで基礎捨石を行い、この上に高さ6mの鋼製セルを据付け、中詰めをプレパック土コンクリートによって現場打設した構造となっています。 完成から約40年間、大船渡市を津波や波浪から守り続けております。


被災以前、2010年6月にはこんな記事も。
大船渡湾口防波堤、老朽化で津波時に懸念 国調査へ 2010年6月30日 朝日新聞

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さんてつ マンガではじめて泣いた

大船渡復興支援イベントに向かう車中、浜松~仙台の新幹線内で読みました。

さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)
(2012/03/09)
吉本 浩二

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内容紹介
3.11、路線の多くを被災した三陸鉄道、通称「さんてつ」。大地震や津波の被害から、前を向いて立ちむかう鉄道マンたちの姿を、「このマンガがすごい!2012」No1の吉本浩二が描く!! 3.11のあの日、岩手県沿岸部を走る三陸鉄道では、路線の多くを被災した。大地震、津波の爪痕が生々しいガレキの中、それでも、さんてつマンたちは、自らの力で立ち上がろうとする…。三陸鉄道関係者、周辺の人々への綿密な取材を元に再構成する震災ドキュメンタリー漫画。「ブラックジャック創作秘話」の異才、吉本浩二が描く真実の人間ドラマの決定版!!


泣きました。現場主義の社長による被災5日後の運転再開。3月中は無料運転という経営判断。使命感。再開予定の無い駅を周辺住民が清掃。トンネル内閉じ込めや数分違いで乗客ごと落橋した線路と共に被災したであろう運転士の判断力。丁寧なインタビューや取材と”書き込める”のに朴訥な絵柄。

仙台からスタッドレスのレンタカーで三陸道~45号線とは前回記事で報告しましたが、通りがかりの多分JR大船渡線の様子。
さんてつさんてつ隧道
上掲より南の別のトンネル。目の前の海岸は↓↓↓

さんてつ参考

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行って見ないと頭に入らないということか⇒三陸のモアイ情報

モアイ橋 全 館下橋

 先週後半より、浜松市と提携している大船渡へ行ってまいりました。浜松大船渡両市共催の復興支援イベントです。浜松側提携団体として参加。仙台よりレンタカーで三陸道(無料期間が今月末で終わりますね)~45号線。仙台で立ち寄った防災メーカーさんから多大な差し入れを頂戴する。「ところで」と、ルートは東北道からが早く着くのかと聞いたところ、「被災地を励ましに来たんでしょ。三陸道から行かなければ意味が無いよ。」と。南三陸町、陸前高田と目の当たりにしてきました。現地で先に着いたWKT氏以下チームの皆さんにはお待たせして失礼しましたが、ビール1ケース、一の蔵、浦霞を各四合壜一本、Getしてきたことに免じて勘弁してください。

 さて、被災地の現在の様子や現地の方との交流の報告はさておき、南三陸町の旧志津川町エリアで発見。モアイ像がお出迎えの館下橋です。この山を越えると突然、眼前に津波の爪あとが広がる光景でショックを受けますが、ひとまず、「あ、モアイだねえ。」と車を止めて一服。
モアイ橋 碑文 モアイ橋 2 モアイ橋 1
昭和35年のチリ津波から復興したチリ政府との友好の証だったようです。ここより北へ200キロはあるでしょうか、宮古の浄土ヶ浜も被害が大きかったと思いますが、やはり「チリ津波の体験を忘れない」趣旨の石碑があったように記憶しています。帰ってきた矢先に下記の記事を見ましたので本稿を先にUPした次第。

モアイ像を防災シンボルに 南三陸町で高校生奮闘  2012年03月26日 産経ニュース
 
南三陸町の県立志津川高校の生徒らが平成3年にチリから寄贈され、東日本大震災で損壊した巨石遺物モアイ像を「防災のシンボル」にしようと関連グッズの製作などで奮闘している。南三陸町は昭和35年のチリ地震の津波で多くの犠牲者を出すなど被害を受けた。チリのピニェラ大統領は30日に同町を訪問、同校にも立ち寄り、修復か新たな像の寄贈などで像の復元を後押しする意向だ。チリはチリ地震津波から復興を遂げた両国の友好の証しとして、太平洋上のチリ領イースター島にあるモアイ像の複製を同町に寄贈。町内の公園に設置されていたが、震災の津波で損壊、志津川高校が昨年11月にがれきの中にあった頭の部分を〝救出〟し引き取った。
借物モアイ リンク先 同記事より


南三陸町のHPより、モアイ像について

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へえ、知らなかった。冬虫夏草の焼酎。

kinkiri.gif


ところで、先般、御殿場に一泊したのだが、九州出身のおばちゃんがやっている居酒屋へふらふらと入ってみた。
芋焼酎の入り口くらいで黒霧島。ちょっとプレミアの赤霧島。最近、売れているようですね。金霧島はどんなグレード?って冬虫夏草ですって。しかし、ダマされた!高かったぞい!(ボトルで頼んで残りを持ち帰る)と、おばちゃんも仕入で吹っかけられているかもね。料理もおいしかったから良いです。情報料としましょう。

金霧島 霧島酒造通販ページ

kinkiriki.gif

芋臭さが苦手な人、あるいは最近の芋は臭みが薄くなってほかに乗り換えたとか(筆者は麦の麹入りに行きまして)、薬草クサいでもないし、かなり飲みやすかったです。マイルドとかふくよかとか。

豊田市でアルミ工場爆発


愛知で工場で爆発、ガラス割れる 豊田市
 21日午後11時50分ごろ、愛知県豊田市新生町の金属精錬工場「スズムラ」で爆発音がしたと近所の住民から119番があった。

 同社関係者によると、工場の一棟で爆発があり、窓ガラス数十枚が割れたほか、スレートぶきの屋根が吹き飛んだ。工場は稼働中だったが、休憩時間に入っていたため近くに従業員はおらず、けが人は出ていないという。

 豊田署が原因を詳しく調べている。現場は名鉄三河線の豊田市駅から南西に約2・5キロの、近くにトヨタ自動車などの工場が立ち並ぶ一角。

2012/03/22 47NEWS

けが人が無かったようで幸いですが、工場が立ち並ぶ一角ということなので他社さんにも影響が出るところだったかもしれません。(実際にあったのかどうか分かりませんが、道路をふさいで消火活動とは他の情報源で)

昨日たまたま防災メーカーさんと情報交換で、BCPという概念の話題が出まして。アメリカでは9.11より急速に確立、展開されているが、日本では「起こってから」は対応するが、火災や災害は起こらないものという想定でことが進んでいる。福島の事例でも度々耳にした「想定外」という言い方につながるだろうという。3.11を機に「事故・災害は発生するもの」という備えをアピールしなければいけませんねと。メーカーさんですから、早期発見・初期消火成功の事例も豊富に情報があります。この開示が必要なんでしょうねと締めくくり。情報、待ってます。

工場火災についてこれまでも取り上げてきましたが、モノづくりが経済の大動脈です。参考記事を下記に。

アルミ部品加工工場で火事 2009-10-09
工場火災による死亡事故 2009-10-11
工場火災、ちょっと増えてないでしょうか。 2009-10-27
工場の爆発・火災が多いようです 2010-03-23
【工場爆発】現場責任者に有罪判決 2010-03-17
中小(零細)製造業の火気を伴う危険作業 2009-06-09

日本最古の小学校建築。しばしお休み。

最古の木造校舎、歴史に幕 「ありがとう」と最後の卒業式

閉校式で記念写真に納まる岡山県高梁市立吹屋小学校の児童や地元の住民ら。100年以上にわたって子どもたちを見守り続けた木造校舎は、この春役目を終える=20日(※リンク先写真のキャプション)

 小中学校で国内最古とされる木造校舎が立つ岡山県高梁市立吹屋小学校で20日、3月末の閉校を前に最後の卒業式が開かれた。111年の歴史に幕が下りる校舎に、児童や地域の人たちはたくさんの「ありがとう」と「大好き」を伝えた。
 同校は平屋の東西校舎が1900年、木造2階建ての本館が09年に建てられ、これまでに約3千人が巣立った。近年は全校児童が10人以下の年が続き、閉校が決まった。
 黒ずんだ板張りの講堂には晴れわたった空から光が差し込み、卒業生3人はきりっとした表情で深々とお辞儀をして最後の卒業証書を受け取った。
 吹屋小の校舎は市が保存修理する。


河北新報 2012年03月20日火曜日

高梁市立吹屋小学校 WIKIPEDIA

グーグル画像検索 より拝借した画像↓↓↓

karimashita.gif

hiroimashita.gif

以上。
年度末なにかとバタバタして思うように更新できません。今朝、朝刊で見かけたので、ほほぉと思った記事。登録文化財制度なんて最近気にしていたので。地元で大切にされ、6年後には資料館として再生するようです。観光資源ですね。ここ、ちょっと行ってみたい。

ついでに 火の見櫓 マニア垂涎 

マンホール本を発見した喜びをお伝えしましたので、ついでに。

先日、沼津での建築士会の集まりで「火の見櫓からまちづくりを考える会 代表」氏と面識を得ましたが、趣旨が違う集いだったので話題にしませんでした。後日、改めてこの線で表敬訪問に押しかけようかしら。年度末でバタバタしているでしょうから(お互いですが)、年度明けでしょうか。

写真集・火の見櫓写真集・火の見櫓
(2011/10/28)
石川 元之

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内容紹介
現存する1000カ所の火の見櫓を巡った写真家の集大成。「安全神話」が崩れ去った311後のいまこそ、200点余りのモノクロ写真が、「人が人を守ること」の意味を問いかける。

げじ の 遺構発見

RENげじ (れん)げじ

2月末に、 本人の目に入らないとよいけども という静岡で酔っ払った記事を書きましたが、前回記事も沼津で酔っ払った後を書きましたので、静岡から翌朝、帰路の話しを。

日頃は東名高速か国道バイパスで”藤枝市に用事があっても”立ち寄れなかった蓮花寺公園に。降ったり止んだり曖昧な天気ながら、ぶらり一周する。よく整備されています。

REN稲荷
RENぬこパラ
REN地域ぬこぬこ
REN地域ぬこ

・・・しかしネコが多い公園だなあと歩いていると、地域ネコとして餌場になっているようですね。自分の飼い犬には食べさせないでと注意書き。

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隙を見てマンホール

先日、集団でまちなか歩きの機会があり、数分おきに地面を撮影しているので、同行者から「何を撮っているの?」と訊かれる。ああ、マンホールが好きでねえ、と旅先なんかでもマンホールを見ていればお金が掛からないというような話をしました。なるほどお、と相槌は打ってくれましたが、理解されたかは微妙。成果は後日UPします。

・・・ところで好きな人には、その筋の専門書があるんですね。とても濃く、楽しんで味わいました。

マンホールの博物誌マンホールの博物誌
(2005/08/05)
G&U技術研究センター

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リンク先より商品の説明

出版社 / 著者からの内容紹介
都市の地下空間と地上を結ぶトビラ=マンホールの蓋。その過去、現在、未来を「歴史」「文化」「技術」の視点から解き明かす。
内容(「BOOK」データベースより)
この『マンホールの博物誌』は、マンホール鉄蓋における過去、現在、そしてこれからの問題・課題の変遷を辿るとともに、さらに進化を続ける次世代技術の胎動を分かりやすく紹介した本である。
内容(「MARC」データベースより)
マンホール鉄蓋における過去、現在、そしてこれからの問題・課題の変遷を辿るとともに、さらに進化を続ける次世代技術の胎動をわかりやすく紹介する。歴史編、文化編、技術編の3章で構成。

やばい、まだこんなにある。金が掛からない趣味だったはずなのだが。・・・まあ、路上観察が楽しくなるからよしとしよう。

路上の芸術―マンホールの考察、およびその蓋の鑑賞路上の芸術―マンホールの考察、およびその蓋の鑑賞
(2005/04/01)
垣下 嘉徳

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マンホールのふた―写真集 (日本篇)マンホールのふた―写真集 (日本篇)
(1984/03)
林 丈二

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マンホールの蓋 ヨーロッパ篇マンホールの蓋 ヨーロッパ篇
(1986/06)
林 丈二

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以下、後日、成果貼り付け用スペース

防災と民俗学 沼津の件、補稿

先日UPした沼津での防災ワークショップ。はぐれてしまった余談が先になってしまいましたが、このくだり(というか所感)を書き忘れていましたので。

tendenuma.gif 沼津の先進的防災施設の解説もあった


tenndeko.gif

 これまでホーンアレイスピーカーなど先進的な”ハード”の可能性を考えていたが、運用面などの”ソフト”も総合的に考える。とりわけ受けて側である住民の正常化バイアスの問題を考えさせられた。ここまでが前回。

 基調講演の中で、ご当地の先進的な取組みを紹介しつつ、各地の沿岸部でも積極的に検討・設置が進んでいる避難タワーの紹介もありました。ここでも「ああ、日本人だなあ」という光景が見られるそうです。

「子供の遊び場じゃない」「危ないから昇っちゃ駄目」と避難階段で遊ぶ子供を注意する人がいるそうです。
避難所に子供が遊ぶスペースの必要性が認識されているところですが、実際の避難施設も遊びながら慣れ親しんでおくことの重要性を説いておられました。

昔話なんかで、村の閻魔堂で閻魔大王像に子供がよじ登ったり悪さをしている。信心深い村人が「これ、罰当たりな」とたしなめる。その晩からたしなめた村人が病にうなされる。夢枕に閻魔様が立ち「折角子供たちと遊んでおったのに、邪魔をしたな」。

あるいは

親知らず子知らず という天下の険(交通の難所)の地名。糸魚川です。※静岡県の親知らず子知らずは薩埵峠
リンク先より地名の由来


地名の由来はいくつかあり、

1.北陸道最大の難所で、断崖絶壁と荒波が旅人の行く手を阻み、波打ち際を駆け抜ける際に親は子を忘れ、子は親を顧みる暇がなかったことから親知らず・子知らずと呼ばれるようになった。

2.平清盛の弟、頼盛の夫人が夫の後を慕って親不知を通りかかった折、2才の愛児をふところから取り落とし、波にさらわれてしまった際に悲しみのあまり詠んだ「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」という歌が由来になった。

などという説があります。


昨年の震災で、津波てんでこ という早期避難が奏功した事例がありました。自助、共助、公助という避難生活の段階につぃて、この講座とは別に、静岡県地震防災センターで伺ってきました。最優先で”自ら”を助け、国や自治体・ボランティアなどの助けも借りて、お互い様になるのはひと段落してからというマニュアルです。

弱者切捨てではないかと、心理的にも難しい問題ではあるかと思いますが、「わたしを置いて逃げなさい」という状況にならない為にも、避難経路の確認など備える必要があると思いました。実際に先生の現地聞き取りの中で、家のすぐ裏が緩やかなスロープの高台避難経路になっているお宅で、周辺住民たちが逃げながら「おばあちゃんも逃げなきゃ」と声をかけるも、頑なに家から動かず亡くなられたというやりきれない事例もききました。

このような研究成果が復刊されています。本日から移動の車中で読み進めようと思います。

津浪と村津浪と村
(2011/07)
山口 弥一郎

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「東北文化論」を考えぬいた名著復刊。1933年の三陸大津波による集落移動を分析した地理学と民俗学の狭間に生きた著者60年に及ぶ研究成果の集約。

編者による序文 なぜ「津波と村」を復刊するのか にある著者の紹介。山口弥一郎は地理学を田中館秀三に地理学を、柳田国男に民俗学を学ぶ とあり、津波常習地三陸海岸の集団移動などで学位を。防災対策を継承する論文に、柳田国男から「この研究成果を世に広めるためには、平易な文章にしたほうがよい」とアドバイスを受けて、ということです。来週、浜松市主催の大船渡復興イベントに参加してきますので勉強しておきます。

しかし、はぐれる。沼津の建築を散策。

ところで沼津の一日の終わりは、ぼっちで。余談ですが。

懇親会のため沼津に宿泊。
消したはず 宿泊先ホテルEVホールの火の用心。

懇親会、ビルの4階の座敷でしたが、店長が避難経路の説明から入り、会場どよめく。所轄消防の指導なのか、店舗のサービスマニュアルか。「酔っ払う前に確認してください」。チェーン店ながら、系列の名物店長らしく、トークが面白い。芸人で食っていこうという修行時代もあったとのこと。

場も大いに盛り上がり、地元の方と宿泊者は2次会へ行こうとなりましたが、うっかりホテル直行でお休みになる建築士さんと立ち話をしてしまい、2次会部隊とはぐれる。チームで唯一親しくさせていただく先生の携帯にかけようとするも、事務所の固定電話しか登録されていない(携帯Noは昨年の手帳に書いてありました、後日登録)。

雨模様ながら、酔い覚ましに建物ウォッチング。

ぬま3

ぬま4

ぬま1

ぬま2

まつもと

2時間くらい歩き回ったかな、あとはシャワーを浴びて寝ました。


正常化バイアスという心理作用

NHK災害避難呼び掛け放送「命令口調」「断定口調」へ変更 Jcastテレビウォッチ 2012/3/ 5

NHKは災害時の避難を呼び掛けるアナウンスの内容を大きく変更することを決めた。とりわけ、東日本大震災で大きな被害を出した津波については、「高いところへ逃げてください」という呼び掛け口調ではなく、「ただちに高いところへ逃げること!」と断定口調に替え、「津波は急に高くなることがあります」という可能性を示唆するのではなく、これも「急に高くなります」と言い切る。
東日本大震災のときには、「早く逃げてください」ではなく、「早く逃げなさい」と命令口調の防災アナウンスを流した地域は、住民の避難が早かったことが明らかになっている。NHKの避難呼び掛けもこれを教訓とした変更で、「東日本大震災を思い出してください」「命を守るために一刻も早く逃げてください」などの文言も新設して切迫感のある放送にする。「落ち着いて行動してください」などは消える。(テレビウォッチ編集部)
社団法人 静岡県建築士会
第14回 地域貢献活動発表会&ワークショップ「市民・建築士が今できる防災とは」@沼津
・・・参加してまいりました。

びゅうお

大型展望水門「びゅうお」 沼津市公式観光サイトより抜粋

「この沼津港大型展望水門「びゅうお」は沼津港の内港と外港を結ぶ航路から進入する津波から港の背後地の50ha、 9,000人を守るために作られた水門です。津波をシャットアウトする扉体(ひたい)は、幅40m、 高さ9.3m、重量は406tと日本最大級です。これだけの大きな扉体なので、それを支える躯体も大きく沼津市ではその高さを生かして展望施設を併設しました。」


びゅうお横顔 びゅうお展望 横からと展望台からはクリック拡大 ”VIEW+うお(魚)= びゅうお” です。

びゅうお解説 現地で説明を受ける。

津波に対する内港の危険性から扉体の落下スピードまで幅広く。沼津市の消防機関や危機管理部局による説明。
「海岸沿い、富士の方向に向かって避難タワーどころか高さのある建物がありませんが、美観地区として景観に対する規制があるため。喫緊の課題。」







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御礼と活動報告 

このたび急なお願いがきまして、↓↓↓


浜松○○メンバーの皆様

静岡ブロック災害対策復興支援委員会に出向しております。INGKTSAKです。お世話になります。このたび当委員会では、「被災地に本を贈るプロジェクト」と題しまして、被災地の幼稚園、小学校に本を贈ることとなりました。
そこで、皆様方にお願いがございます。

被災地の子供たちが元気になる本を譲って頂けませんでしょうか。

自宅に眠っている、絵本や児童書。マンガ本でも構いません。子供たちが元気になる本なら何でも結構です。
もし、本がございましたら、3月1日(木)までに会員ルームまで持ってきてください。本を入れる箱を用意してございますので、その中に入れておいて下さい。期間が短く、お手数かけますが、被災地の子供たちの笑顔の為にご協力よろしくお願いいたします。
、、、「期間が短く」ってありますよね。28日の晩(21:30)に会議で「こんなことがあるから、案内を流すよ」と話題があり、翌29日朝、会員メールが駆け巡りました。で、3月1日までにって、人使いが荒い団体だこと。と冗談はさておき。

浜松本社の皆さん、こんな事情で緊急アナウンスをさせていただきましたが、85冊のご厚意を快く供出していただきました。厚く御礼申し上げます。寄せていただいた皆さんはもとより、ご理解いただいたご家族(特に持ち主であったところのご子息)にもくれぐれも宜しくお伝え下さい。思い出の一冊もあったことと思いますが、被災地の子ども達には、皆さまとの「絆」を含めた忘れられない一冊となることと信じています。本日”静岡県分”として取り纏め、明日現地へ発送という手配になっているようです。
「本社事業部の皆さん、大変急ぎのお願いで済みません。下記の通り急なお願いが届きました。
今回は日がなくて社内も本社の人間にお願いするしかないと思います。同様の機会がまた企画されるようなら支店営業所、協力会、メーカーさんにも声掛けしたいと思います。何しろ明日中のことが今朝配信されるような混乱振りですが、ダンボールでも用意していただいてご子息のお下がりでもあれば持ってきていただくように周知して貰えませんか。」
こんな挨拶文を部門長へと、総務部門から皆さまへの声掛けでした。

筆者としては子供向けの書籍は持ち合わせていないのですが、3月後半、浜松市と連携している大船渡にいってきます(MROKさんに確認です、大船渡は船名じゃなく地名)。市の協力団体として音楽の団体や春華堂さんほか20団体くらいかな、バス6台チャーターで、筆者の加盟団体しては50名程度の参加。被災地の子どもにウナギのつかみ取りなど提供してきます。ちなみに私は組織内の復興支援委員会として企画運営に(あーでもない、こーでもないと)携わっています。我々の委員会(担当者任せにしてすみません)が被災地側から聞いてきたニーズは、瓦礫撤去の作業や物資ではなく、今回のような児童書や元気になるイベントだそうです。あわせてやっと営業を再開したホテルや居酒屋でお金を現地に落とすこと。伺う際にはお話しを聞かせてください。現地側代表とは被災地でも浜松でもなく、この正月に京都でご挨拶しています。


×3月だから本気出す ○あなたはそれが本気なの?

 あっという間に3月。と言いながらも先月末は閏29日まであったので、1日あると月末処理が楽だねえと経理部門と話題になりました。現場の事務処理もきっと”そうなんだろう”と思いますが、価格は別として業務量は立て込んでいるので、大変なことには変わりないことも事実でしょう。お疲れ様でございます。

 先週は当社及びグループ安全協力会による全体安全ミーティングを実施し、多忙な時期であるからこそ安全対策の強化について議論していただきました。WEB会議で支店・営業所も参画。故あって社長としては支店からご挨拶させていただきました。過日UPした使い捨てライターのCR機能についても例示し、ゼネコン下、特に大手さんから頂戴する現場はそれなりの理由があって安全に対する現場のルールがありますが、翻って客先のメンテナンスなど直接、入工する現場は当社独自の安全基準により管理監督をしていかなければいけません。もし当社ブランドの下で安全に関する事故が発生して、業務停止・指名停止などがあった場合、ご本人の怪我や休業では収まりませんね。グループ全体に及ぼす影響に想像力を働かせて”予防”をしていただきたい、それが”ヒヤリ・ハット”なり”危険予知”活動であります。

KY.gif これが危険予知だ!(すみません)
 

 支店会場にて出席者に問いかけ、挙手をしていただいた件。
 アメリカの国民的ヒーローである消防士。これを育成する為のトレーナーがとった統計で、消防士候補をグループ分けして、Aチームは成功体験など”よいこと”ばかり情報をインプットし、Bチームは悲惨な事例など”聞きたくないこと”ばかりをインプットしました。どちらのチームが失敗率が少なかったでしょうか。

 当社スタッフ、協力会ともおよそ半々より、やや”よいこと”ずくめのほうが成功するというジャッジでしたか。
正解は”聞きたくない”情報を沢山持っているほうが優秀です。出典を度忘れしましたので正確な数字でなく失礼しましたが、趣旨は伝わったと思います。悲惨な事例に対する怖れや想像力、とっさの判断、そして予防対策などが理由でしょう。

 さて、それに先立つ3日前、本社・支店・営業所から若手各一名、3羽ガラスで若手社員の自己革新セミナーを受講して貰いました。若手だからこそ多忙な時期ですが、忙中閑ありという基本姿勢ですので。題して、

~ ズバリ聞く!それがあなたの限界ですか? ~

地元経済団体のセミナーです。中身については講師の先生の商売上の秘密でしょうから、こまごまとは書きませんが、

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素頓亭

Author:素頓亭
スットン亭です。
旅を仕事にしたい今日この頃。

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