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防災と民俗学 沼津の件、補稿

先日UPした沼津での防災ワークショップ。はぐれてしまった余談が先になってしまいましたが、このくだり(というか所感)を書き忘れていましたので。

tendenuma.gif 沼津の先進的防災施設の解説もあった


tenndeko.gif

 これまでホーンアレイスピーカーなど先進的な”ハード”の可能性を考えていたが、運用面などの”ソフト”も総合的に考える。とりわけ受けて側である住民の正常化バイアスの問題を考えさせられた。ここまでが前回。

 基調講演の中で、ご当地の先進的な取組みを紹介しつつ、各地の沿岸部でも積極的に検討・設置が進んでいる避難タワーの紹介もありました。ここでも「ああ、日本人だなあ」という光景が見られるそうです。

「子供の遊び場じゃない」「危ないから昇っちゃ駄目」と避難階段で遊ぶ子供を注意する人がいるそうです。
避難所に子供が遊ぶスペースの必要性が認識されているところですが、実際の避難施設も遊びながら慣れ親しんでおくことの重要性を説いておられました。

昔話なんかで、村の閻魔堂で閻魔大王像に子供がよじ登ったり悪さをしている。信心深い村人が「これ、罰当たりな」とたしなめる。その晩からたしなめた村人が病にうなされる。夢枕に閻魔様が立ち「折角子供たちと遊んでおったのに、邪魔をしたな」。

あるいは

親知らず子知らず という天下の険(交通の難所)の地名。糸魚川です。※静岡県の親知らず子知らずは薩埵峠
リンク先より地名の由来


地名の由来はいくつかあり、

1.北陸道最大の難所で、断崖絶壁と荒波が旅人の行く手を阻み、波打ち際を駆け抜ける際に親は子を忘れ、子は親を顧みる暇がなかったことから親知らず・子知らずと呼ばれるようになった。

2.平清盛の弟、頼盛の夫人が夫の後を慕って親不知を通りかかった折、2才の愛児をふところから取り落とし、波にさらわれてしまった際に悲しみのあまり詠んだ「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」という歌が由来になった。

などという説があります。


昨年の震災で、津波てんでこ という早期避難が奏功した事例がありました。自助、共助、公助という避難生活の段階につぃて、この講座とは別に、静岡県地震防災センターで伺ってきました。最優先で”自ら”を助け、国や自治体・ボランティアなどの助けも借りて、お互い様になるのはひと段落してからというマニュアルです。

弱者切捨てではないかと、心理的にも難しい問題ではあるかと思いますが、「わたしを置いて逃げなさい」という状況にならない為にも、避難経路の確認など備える必要があると思いました。実際に先生の現地聞き取りの中で、家のすぐ裏が緩やかなスロープの高台避難経路になっているお宅で、周辺住民たちが逃げながら「おばあちゃんも逃げなきゃ」と声をかけるも、頑なに家から動かず亡くなられたというやりきれない事例もききました。

このような研究成果が復刊されています。本日から移動の車中で読み進めようと思います。

津浪と村津浪と村
(2011/07)
山口 弥一郎

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「東北文化論」を考えぬいた名著復刊。1933年の三陸大津波による集落移動を分析した地理学と民俗学の狭間に生きた著者60年に及ぶ研究成果の集約。

編者による序文 なぜ「津波と村」を復刊するのか にある著者の紹介。山口弥一郎は地理学を田中館秀三に地理学を、柳田国男に民俗学を学ぶ とあり、津波常習地三陸海岸の集団移動などで学位を。防災対策を継承する論文に、柳田国男から「この研究成果を世に広めるためには、平易な文章にしたほうがよい」とアドバイスを受けて、ということです。来週、浜松市主催の大船渡復興イベントに参加してきますので勉強しておきます。
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