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国語A 無念企画 】 明治開化における日本語の威力

 静岡県の国語教育についてボヤきましたので、引き続き日本語の話題。以下、門外漢のおぼろげな近代史なので激しい突っ込みは勘弁してください。

 寺子屋の昔から「読み書き算盤」といい、貨幣経済の浸透とともに「ソロバン教育」の需要も高まりましたが、やはり「読むこと書くこと」の重要性は揺るぎないものでした。現在は幼少時から英語教育を、とか色々と教育法が発達してきましたが、義務教育では徹底して国語教育という理論があります。言いたいことを母国語で正確に表現できれば、英語でもなんでも語学力がスムーズにアップする基礎体力の考え方です。伝えたいことが日本語でもまとまらないうちに英語もないだろうと、思い出してみれば中学時代に授業で”often;しばしば”の単語が出てきて、「しばしばってなんですか?」と質問して「しばしばってしばしばでしょ、う~んしいて言えば、よくあること」といわれ、「どのくらいの頻度でよくあることが”しばしば”なのか」と、どうでもよいところで授業が止まったことがありました。

 学問といえば読み書きという江戸時代。幕末には世界一の識字率を誇っていました。武家官僚ならほぼ100%、庶民層の男子でも50%程度。簡単な”看板”などなら70%程度が判読できたとか。同時代のロンドン下層階級で10%くらいとか、とび抜けています。これが黒船来航とか物見高い見物人が「蒸気機関の仕組みについて」など質問攻めにして、しかも説明すると理解できる。対等に条約を結んで西欧植民地にならなかった一つの要因でしょう。多くの国では黒船や大砲など多くの”オーバーテクノロジー”を神の技術と畏れ、宣教師による衣服や食料の施しにそれまでの宗教観・言語を捨て、植民地化が進みました。アメリカの大砲外交による開国の際の不平等条約を明治時代のほぼすべての期間を経て平等なものに改正してきました。

安政5(1858)年  安政五カ国条約 米露蘭英仏

1.外国に治外法権(領事裁判権)を認め、外国人犯罪に日本の法律や裁判が適用されないこと。
2.日本に関税自主権(輸入品にかかる関税を自由にきめる権限)がなく、外国との協定税率にしばられていること。
3.無条件かつ片務的な最恵国待遇条款を承認したこと。

明治5(1872)年から改正交渉に入り、関税自主権の完全回復が明治44(1911)年。

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