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函館は防火都市計画のまち

 函館、行ってきました。紅葉が見事で天候にも恵まれ、食べ物はおいしいし、、、という観光報告は別稿で改めます。函館は明治から昭和初期まで”大火”に苦しめられた都市であり、克服してきた経緯が史跡として残っています。第一の目標はそのあたりの視察です。楽しかったことは否定しません。

 函館 大火慰霊堂
大火遭難記念慰霊堂 昭和13(1938)年 設計者;函館市建築課

ところどころ剥落等の危険個所があり、”近寄らないよう”注意喚起あり。
函館市の2/3を焼失した昭和9年大火の殉難者の供養を目的に建てられている。今回視察の最後に手を合わせてきました。

函館 コンクリ電柱 
日本で現存する最古のコンクリート製電柱。(左が最古、右側のものとあわせて夫婦電柱と親しまれる)
大正12(1923)年 当時頻繁に大火があった函館はこの頃より耐火建築が増えてきたが、この電柱もその表れ。
函館水電会社(現・北海道電力)が設置。

函館 コン柱
角錐形という珍しい形。高さ10m、底辺47.5cm、上辺19.0cm。現場打ち工法、鉄筋コンクリート。

函館 銀座通り 防火帯としての銀座大通り
大正後期から昭和初期までの中心繁華街。
大正10年の大火で一帯が焼き払われたあと、火防線として指定され、不燃建築帯として誕生している。
まだ黎明期にあった鉄筋コンクリート造りやブロック造りのモダンな景観であった。
昭和9年の大火で繁華街は駅前・大門地区へ移っていく。

以下、銀座通り界隈の建築物群。

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