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現代消防のあけぼの

消防年鑑S25
↑ 府県別家屋延焼危険度統計 昭和23年度 建設省建築研究所 調べ(下記消防年鑑口絵)
※延焼危険度の%なので、近代設備が整っている都市部と、本当のド田舎(失敬)が同じような低さという面白い統計です。密集地であり田舎である静岡あたりは危険度が高かったようです。

消防年鑑表紙 ←昭和25年度版 消防年鑑 財団法人 日本消防協会 編

 我国初の「消防年鑑」です。消防機関が昭和23年消防組織法施行に伴い、警視庁より分離独立。江戸消防を引き継いだ、明治近代消防このかた、全国の消防組を規格や技術を統一、発展させて、いよいよ国家消防庁として独立機関に昇格しました。なので、本書発行は消防行政の「喜び」と「意気込み」をパッケージした貴重な声明文で幕を開けます。全国の消防機関、関連企業の皆で「温故知新」の気持ちで「産声」を噛締め、プロ意識を向上させようじゃないですか。




     序

 多年要望されていた消防年鑑が、日本消防協会によって刊行されることになったことは、同慶に堪えないところである。
 一昨年(S23)、消防組織法施行によって、消防は警察から分離、独立し、完全自治を目標とする新しい消防制度に切り替えられた。爾来、市町村長及び二万有余の消防団員は新制度の目標とするところに非常なる苦心努力を傾け、消防業界の画期的改善、向上をはかってきたのである。そして、今や、我国消防界の前途は洋々たるものを感ずる次第である。
 本年鑑の刊行は消防界多年の要望を遂行せんとするものであって、これにより自治消防の実態を明示し、戦後日本の消防の現状を余すところなく網羅し、近代消防の科学化、能率化に役立つこと多大であると信ずる。
 昨秋、本年鑑刊行の企てがあるや国家消防庁としても、あらゆる支援を惜しまなかったのであるが、日本消防協会の多大なる努力によってここに完成を見るに至ったのであるから、本年鑑が広く諸彦の愛読を得て、消防界の一大発展に資するようになることを念願してやまない。

昭和二五年二月 国家消防庁長官 新井茂司


 躍動感に溢れる清々しい意気込みです。歴史への自負と現在に繋がる抱負。業界人として押えておくべき姿勢でしょう。頑張ります。
引き続き、「発刊の辞」もどうぞ。

   発刊のことば

 復興日本の再建を阻むものは種々数えあげられるであろうが、其の最大なるものは日々の新聞紙上を賑わしておる大小火災の頻発ではないであろうか。
 年々数十億円を突破する火災損害額と数千人に昇る犠牲者の続出を顧みれば如何に十全なる防火対策が現下における国家的一大要請であるかを理解せらるることと思う。 
 一昨年消防制度の画期的変革と共に火防消防の任務が全面的に自治体に委譲されたが、未だにこの趣旨が一般に徹底されない怨みなしとしない状態である。
 一方科学的消防力も戦前に比し、格段の進歩を示し、逐次普及整備されつつあるが、消防力の基準から見れば、なお達成されるべき段階には遥かに遠いものがある事を知らねばならぬ。
 
 本年鑑は消防法施行一周年を記念して企画され、主として国家消防庁総務課、教養化、同消防研究所ならびに建設省建築研究所の中堅課員十数氏が中心となって夫々の専門項目につき鋭意執筆されたものであり、消防に関する一切はすべて本書に収められ、消防総覧とも称せらるべきものである。

 本年鑑は消防関係者に消防に関する基礎的、総合的知識と教養を与える座右の宝典たる役割は十分に果たし得るであろうが、吾々の念願とするところは、同時に一般にも遍く本書が閲覧され、火災の予防と防火知識の普及向上に資せられ、相共に消防を通じ日本再建の一日も早からんことを念願したい。
 本邦最初の試みで、編集執筆共に多忙に煩わされ各種資料の蒐集、統計には全力を尽くしたるが、未だ不備の点無きを保し難く、大方のご教導とご叱正により更に完璧を他日に期したい。
 尚、本年鑑編纂にあたり懇篤なるご指導を賜りたる国家消防庁長官新井茂司氏、同消防研究所長小林辰男氏、同消防講習所長矢島安男氏及び建設省建築研究所長藤田金一郎の四氏ならびに同課員一同に対し深く謝意を表する次第である。

 昭和二十四年三月七日消防組織法施行二周年に際し
 日本消防協会会長 高橋龍太郎


 ちょっと長かったですかね。しかし、より実務に近付き、消防行政に対する使命感にただならぬ迫力を感じます。特に自治体に「委譲」した権限について、「地方分権」「税源委譲」「道州制」への議論がかまびすしい昨今ですが、国家が憲法上保障する義務と地方の裁量の関係では参考になるエピソードがありそうです。明治新政府より以前の幕府による統治と、昭和27年に主権回復するまでのGHQによる統治、本書のS25当時は当に占領真っ最中なのですが、連合国軍幕府による、、、いかん、ちょっとずれてきましたので戻します。
 皆さん、突然ですが、人材育成のお話。自分で仕事を覚えた、マスターしました、といっても、人に教えることが出来ない、文章化して説明・報告が出来ないということは、まだ理解できていないと思ってください。我流であるうちはシロウトです。プロは掴んだ事実を人に分かりやすく伝えることが出来る人、これが一人前。当社も社史を明らかにし、ショールームを設置し、分かりやすい広報広告に力を入れる努力をしています。「発刊のことば」に触れてふと思いましたので。
 本邦初の試みの本書、大変な読み物です。後日、改めて内容を紹介します。参考までに、それまでの消防機関紙も下記に紹介しておきます。こちらもいずれ解読することがあると思います。


大日本消防 ←大日本消防 昭和2年7月号

 巻頭言は警視総監による。尚、表紙の写真は「(関東大震災)復興消防署の威観」と題して、芝消防署の文化式建物7万余円と、ポンプ車ラフランス号1000ガロン(4.5t)、ベンツ号(!)梯子車85尺(25m)。
 「本誌の使命」として昭和元年、全国消防組頭大会により、、というエポックメイキングな物語なので、いずれ全文紹介します。本稿の年鑑を編纂した日本消防協会の胎動のドキュメントです。乞うご期待。


 そして時代の変遷に伴う記念品 ↓
纏時計
↑昭和7年9月 東京消防協会大森支部 消防組解散記念 纏(まとい)の時計


 いろいろな文物史料から歴史のラインが繋がり、先輩世代の努力の積み重ねで我々が「おまんま」にありついていることがよくわかると思います。先日、消防法の限界・・・という書き方はよくないをUPしましたが、消防行政に限らず、立法府も行政も上手く機能していると思います。特に自由主義にあって、規制を伴う行政は、事が起こって改善するケースが多くて当たり前ですが、長いスパンで世の中は大きく発展してきました。消防年鑑の執筆陣は現場の中堅官僚です。続 関東大震災 復興で取り上げた「大正震災美績」の執筆編纂も、名も無き「東京府の無記名職員」です。自治体職員の土木や河川管理の方から、現地駆け付けなど災害時の緊急体制を(愚痴で)聞きましたが、頭が下がるくらいシステム化されています。

 (かたや地方の医療崩壊は興味本位のマスコミ特ダネ競争で、実際に現在進行中です。)


テーマ : 温故知新
ジャンル : 学問・文化・芸術

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