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ポリティカルコンパスって知ってますか

 むう、何か筆者は右翼がかっているように言われました。一人にではなく、以前からある評価でしたが、ブログをはじめて余計にそう思われる方もあるようです。まず、右翼と保守主義は違う立場であり、筆者の感覚からすれば、右翼=民族主義、保守=伝統主義、ということだと理解していますが、興味のない方には同じように見えるかもしれません。そういえば職場の机に新興宗教の経典のようなものが置かれていて、周りの人に「何これ、知ってる?」と聞くと「落ちてたけど君のじゃないの?」と言われてビックリしたことがあります。考古学民俗学に凝った事がありますが、その流れで今のオーラが云々とか「あんた死ぬわよ」とか馬鹿らしいと話題にしたことがありますが、その為でしょうか。いやはや。政治の話しと信仰の話しは、人それぞれで構いませんが、嫌いな方向と一絡げにされると気持ち良いモノではないですね。「人の弱みに付け込んで生計を立てる輩は大嫌い」「地に足の着いた経済活動こそ社会に貢献する」というスタンスで語っていますので、リアリストのつもりでいます。よろしくお願いします。

 一面で、評価は人にされるものであって、自分でするものではない、とは皆さんによくお話ししますが(よく説教される人は聞いたことがあると思います)、自分に説明が足りない部分があったり、余計なことを話していることもあるのでしょう。沈黙は金、と言うことでもありますが、折角ブログと言う表現の場もありますので、皆様個々人の「政治的なスタンス」と言うことについて考えてみてはいかがでしょうか。結構有名なサイトですが、下記のリンクで50問ちょっとの設問に答えると、自分が右傾なのか左傾なのか、その中でも極端なのか中道なのかがグラフで示されます。是非やってみてください。


日本版ポリティカルコンパスについて

ポリティカルコンパス;ドラフト3版 です。張り切ってどうぞ。

 如何でしたでしょうか。こう見えて筆者は中道左派の立ち居地になりました。現在3版ですが、以前より結果は変わらないので、気分ではなく、信念の指標なのだと思います。もとはアメリカの指標らしいのですが、日本の国情に合わせた日本語版で改良を重ねても日本人は左傾になりやすいようです(リンク先の説明より)。が、国際的な感覚だと日本は十分リベラルな社会のようです。

 特に社会福祉的な設問ではモラルに基づいた考え方が行き渡り、左派のジャッジのポイントになっているような気がします。ちなみに当社会長にもやってみて貰いましたが、本人曰く「俺ぁ真性の保守じゃないか?」とスタートして「俺はリベラルなのか!」と愕然としていました。筆者は感づいていましたが、「職業に貴賎はない」「出来る人、出来ない人はいても、不要な人はいない」が信念であり、全員の雇用を守るんだ、という気概をいつも聞いていましたので、そんな評価なのではと思っていました。

 ところで政治的なスタンスは、国の成り立ちから現在までの歴史に負うところが大きく、知れば知るほど中道に近付いていくのだと思います。まず日本が人治国家か法治国家かといえば、勿論後者ですね。法に照らして考えて職務を遂行し、正否をジャッジするのですが、これも普段から批判している多くのマスコミは情に訴えて、法のあり方を無視します。この、正否を厳密に物申すと右翼というレッテルがまとわりつくわけです。

 右翼というもの、感覚からの「民族主義」という判断ですが、日本は戦時中も含めて「民族国家」だったことはなく、「国民国家」として国籍主義を採っています。日本民族との定義ではなく、琉球・アイヌ・併合時代の朝鮮など、みな「国民」として平等な条件で統治されていたわけです。すると、同じく「自称カルデロン一味」を筆頭によく批判している理屈も分かっていただけるだろうか。外国人が怪しからんという話しでなく、不法入国、不法滞在が怪しからんという話しです。正規な手続きや帰化による合法手続きを踏んでいる滞在者に逆の差別が働いていないかと言うことです。特に商売柄、治安に対しての悪影響を懸念しています。

 宗教の話も上に触れましたので、政教分離について、古代より陛下の「祭りごと」のもと首長の合議制できた日本ですが、武家政治の台頭よりすでに(日本的な)政教分離は果たされています。天皇陛下は祭祀権、時の征夷大将軍など権力者による統治という分離形態を指します。明治憲法があるじゃないか、という方も居られようとおもいますが、「万機公論に決すべし」、議会政治の承認というカタチで戦後よりまとも(かも知れない)な民主主義を築き上げています。日本はモノマネ国家だという自虐教育も何かと話題になりますが、こと、政治システムは世界に類を見ない独自性を積み重ねています。日本史の教科書が実家に残って居る人は、読み返すだけで先進性を再確認できると思います。
(現代の宗教政党とは分けて考えてください。そちらの考察は歴史ではないので荷が重い)

 こういう歴史的な経緯を「先人を尊敬する態度」で感謝するならば、保守・伝統主義に辿り着くわけです。左右どちらにしても極端に振れるのは「振り子」と同じで反動も大きくなります。今回の選挙と郵政選挙がまさに国民的な大きな振り子なのでしょう。性格なのかもしれませんが、変革よりも改善をとるのが手堅い経営だと思います。国家の伝統についても絶やさず改善して次代につなぐのであれば、同じ政治的な態度になるのでしょう。
123年の歴史に幕 最後の事務次官会議 (9月14日 産経新聞)というニュースに接して何か残念な、後世に何かの教訓となるような気がしています。

 上のテストで左右どちらのジャッジが出たとしても、中道に近付く(振れを小さくする)ことがコツコツと満足して生きることなのだと思います。どちらの姿勢が強くても大切なことは、自分の目先の権利ではなく、この国のあり方を構成する一員として、どのような形でバトンタッチするか、という視点なのだと思います。権利は努力で掴むもの。そして義務は果たさなければならぬもの、です。国家観、歴史観と帰属意識(参加意識)を醸成することが必要なのだと思います。

 どうでしょう、少しは誤解が解けたでしょうか。

テーマ : 政治・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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