FC2ブログ

続・郷土科学技術先賢者 略歴

 すみません。うかうかしているうちに、だいぶん間が開きました。「その3」に取り掛かるまで1ヶ月以上。皆さんもすっかり忘れてしまったと思いますので、下記の続きです。よろしくお願いします。

郷土科学者の黎明 8/21
郷土科学技術先賢者 略歴 9/4

そういうわけで36人の列伝のうち、7人目からです。今回は何人分進めることが出来るでしょうか。いざ。

七、 古川宣誉(のぶよし)
 嘉永二年(1849) 駿河久能に生まる。沼津兵学校に学び陸軍の創建に当たり工兵界の先輩として功績顕著なり。航空に着目して軽球気(気球)の創設に尽力し、日露戦役の際は古川式機関銃を考案して使用せむ。予備役に入りて後 沼津に住み、大正十年七十三歳を以て東京に歿す。陸軍中将。
(遺族 東京淀橋区上落合 古川某)

 テキスト 沼津兵学校 各種テキスト
歩兵駒 調練駒とテキスト「歩兵新式」

※沼津兵学校については、行ってきました!火消しのお仕事の取材で大変お世話になった、沼津市明治史料館にて常設展示があります。写真はその際に撮らせていただきました。兵学校そのものの歴史もさることながら、テキストも明治4年の英会話例文集や明治3年のフランス軍略の翻訳書、明治2年「経済説略」はアダムスミスの「国富論」を始めて紹介した書物です。当時の国際的な時流を掴み、先進的な人物の育成に資する最先端の書物があったこと自体が驚き。

ちょっと、一人目から力が入りましたね。早くも息切れしそうですが。

八、 上田寅吉
 文政六年(1823)伊豆戸田に生まる。露船建造によって名を成し、幕命により長崎に赴きて西洋型造船術を学ぶ。文久二年(1862)和蘭に留学して造船の技を(日本に)伝え、明治十年 天城、清輝の二艦を造って帝国無敵艦隊の基礎を築く。明治二十三年郷里に歿す。年六十八。

九、 緒明菊三郎
 弘化二年(1845)伊豆戸田に生まる。造船匠たりし父と共に露艦建造に従いて西洋型造船の技を学ぶ。幕府、戸田において君澤型軍艦六隻の建造を命ずるや、若者棟梁の一人に推され、習得したる技術を以て能く之を完成す。後 東京に移り洋式造船業を営み海運界に貢献す。明治四十二年六十五歳を以て東京に歿す。
(遺族 東京都品川区北品川 緒明某)

・・・後の海運王です。リンク先では隅田川で一銭蒸気を創めたり、事業家としての事跡も紹介されていますが、静岡銀行の大株主で何代か頭取を出した説明のあたり、静銀さんへの記述が面白い。

十、 肥田濱五郎
 天保元年(1830)伊豆対馬村に生まる。幕府に仕え長崎に赴きて蒸気機関の技を学び、後 咸臨丸(!)に乗じ その機関長として米国に航す。舶用機関の製作について研究工夫 遂に之を大成す。明治政府に仕えて艦船の事に従い、海軍建設に功労多し。明治二十六年六十歳を以て歿す。
(遺族 東京都麻布区富士見町 肥田某)

十一、 宮原二郎
 安政五年(1858)幕臣宮原木石の男として生まれ、父に従いて静岡に移る。明治五年海軍兵学寮に入り、英国に遊学して機関学を専攻す。帰朝後 研究を積みて宮原式水管缶を発明し、本邦海運技術をして欧米依存より脱却せしむるの第一歩を築く。海軍気舘中将。工学博士、男爵。大正七年六十一歳を以て歿す。
(遺族 東京都渋谷区代々木富ヶ谷町 宮原某)

十二、 赤松則良
 天保十二年江戸に生まる。幕命を承けて長崎に赴きて蘭人に就き測量航海の諸術を学び、後 米国へに航し和蘭に留学す。江原素六(上記 沼津明治記念館リンクへGO)と共に沼津兵学校を興し一等教授方となる。また磐田原の開墾事業に従う。明治政府に仕えて海軍艦船のことを管し、功績顕著なり。海軍中将、男爵。大正九年八十一歳をもって歿す。
(遺族 東京都品川区大井鈴ヶ森 赤松某 男爵)

お雇外国人技術者の赤松則良への印象(三丁目の日記 様)もおススメ、ご一読下さい。
『そのよい印象は少しも減じません。全く優雅な人で、話し方も態度も紳士で、愛想もよいのです。ハードワーカーで、様々な興味深い意見を述べることができます。・・・』


 ふぅ、今回はここまで。

前回は鎌倉時代の刀匠から江戸後期~幕末の鉄砲鍛冶まで、工業の基礎でしたね。今回の区切りは、ズバリ文明開化。造船海運にスポットが当たっています。工業の基礎が有るから露艦建造の人物を輩出し、法治国家であったから国際法を理解し、アダムスミスを受け入れた。明治の原動力は江戸の治世があってこそ、と再評価される由ですね。伊豆水軍として南北朝の時代から造船、航海に長けていた伊豆の国から多数輩出されたのも納得。造船、蒸気機関とダイナミックな時代に相応しい動力の発展。「日本の夜明け」です。幕府→長崎→オランダの限界も。同時代、福沢諭吉も漢学蘭学に早々に見切りをつけ、英語で世界を吸収します。時代のトレンドだったのでしょう。

下記の映画を見て本稿を読むと味わいが出るでしょうか。秋の夜長に。

長州ファイブ [DVD]長州ファイブ [DVD]
(2007/09/28)
松田龍平.山下徹大.北村有起哉.三浦アキフミ.前田倫良.原田大二郎.榎木孝明.寺島進.泉谷しげる

商品詳細を見る



※10/18追記(注;上の記事が台無しになるようなユルい観光案内)
 伊豆水軍が活躍した御土地柄を云々しましたが、伊豆市では、北条早雲と伊豆水軍なるイベントが11月に予定されています。
『 伊豆市には小田原北条家五家老の一人富永氏の居城と北条氏最大の水軍基地がありました。「北条早雲と伊豆水軍」をテーマに様々な角度から、伊豆と北条早雲の関係を検証する歴史サロンや水軍ツアーなどを開催します。』

 熱海城、観光用のコンクリート製です。築城は昭和35年(1960)、歴史上実在した城ではありません。北条氏歴代の領主が伊豆水軍の拠点として築城を目指しながら、ついに叶わず、という謳い文句でしたが、どうでしょう(ちょっと眉唾な感じも)。しかし、そう考えると地域の歴史と本稿で取り上げた内容も、物語性「ついに日の目をみる伊豆水軍」として眺めると楽しくなります。館内も甲冑などの展示フロアと同レベルの充実度で全国名城の模型(でかい!)や江戸時代の国芳を中心とした「奇想版画」のフロアなど、思いのほか楽しい場所です。

珍寺大道場的楽しみ方 熱海城;1/静岡県熱海市

隣接して、熱海秘宝館(18歳未満クリック禁止)があります。失われつつある昭和のおおらかなギミック。テーマソングも哀愁たっぷり。CDシングルも販売していました。

 

テーマ : 温故知新
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: No title

> 宮原二郎の記載がおかしいと思います。二郎は宮原成叔の長男として生まれ、幕臣宮原木石の養子となる。が正しい。

拙ブログへのコメントありがとうございました。

> 宮原二郎の記載がおかしいと思います。二郎は宮原成叔の長男として生まれ、幕臣宮原木石の養子となる。が正しい。

ご指摘いただいた件、下記の書籍からのまるまる引用なので、昭和19年当時の一般的な認識か、あるいは
編集者の誤認であったかも知れません。宮原二郎さんに限らず、最新と思われる解説や見解はウィキペディア等の他サイトへリンクしており、本件もリンク先でご指摘どおりの内容となっています。
筆者である私の力量不足ですのでご容赦下さい。

記事中の引用テキスト

「黎明期に於ける郷土の科学者」(非売品) 編修 牧野賢一 昭和19年
 発行 静岡県庁社会教育課内 静岡県科学協会
プロフィール

素頓亭

Author:素頓亭
スットン亭です。
旅を仕事にしたい今日この頃。

最新コメント
カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブログランキング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード