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加藤和彦さん お悔やみ申し上げます

加藤和彦さん首つり自殺…うつ病が悪化 10月18日7時1分配信 スポニチアネックス

 元フォークグループ「ザ・フォーク・クルセダーズ」で、「帰って来たヨッパライ」などのヒット曲で知られる音楽家の加藤和彦さん(62)が17日、長野県軽井沢町のホテルで首をつっているのが見つかった。遺書があり、軽井沢署は自殺とみている。遺書には音楽的な行き詰まりへの悩みなどがつづられていた。加藤さんはうつ病と診断されており、1カ月ほど前から症状が悪化していたという。

遺書には仕事への悩みがつづられており、30年以上、一緒に音楽制作に携わってきた友人は「自分の思うようなものができないと悩んでいた。若い時には当たり前のようにできたことができなくなり、そのジレンマが卓越した創造性を侵していき精神的に追いつめられていった」と説明。加藤さんは新曲作りを依頼した真琴つばさ(44)の関係者と13日に会った際には「うつで仕事が進まない。作品を書こうと思うとダメなんだ」と話していたという。

 最近、加藤さんは親しい友人らに米フォーク歌手のジョーン・バエズ(68)モデルのギターなど貴重なコレクションを贈り、添えた手紙には「世話になったけど、何も返せてない。もらってくれ」などと書いていた。骨折で京都市内の病院に入院していた母親も今月12日に見舞っており、関係者は「覚悟の自殺だったようだ」と指摘。母親には17日午後、関係者が加藤さんの死を伝えたという。


 ◆加藤 和彦(かとう・かずひこ)1947年(昭22)3月21日生まれ、京都市出身。京都で仏像作りを手がける家に生まれたが、高校卒業まで東京で過ごす。龍谷大在学中の65年、雑誌「メンズクラブ」の投稿欄でバンドメンバーを募集し、意気投合した北山修らと「ザ・フォーク・クルセダーズ」を結成。「帰って来たヨッパライ」はテレビ黄金期にラジオから火が付き、280万枚を売り上げた。72年に当時の妻だった福井ミカ(60)をボーカルに「サディスティック・ミカ・バンド」を結成したが、75年に離婚し解散。私生活ではその後、77年に作詞家の安井かずみさんと再婚するも、94年に安井さんが肺がんのため死去(享年55)。翌年、中丸三千絵と再々婚したが00年に離婚した。

以上、記事より抜粋。全文はリンク先で。


 心よりお悔やみ申し上げます。今年は忌野清志郎さん病死に続く、音楽界の損失です。鬱というと、そこまで突き詰めて考えてしまう心の病であり、自殺ではありながら病死と考えています。「頑張れ」という励ましすら負担になってしまう疾患であるとも聞いています。

 とかくヒットすれば右へ倣えの音楽業界で、群れずに、ぶれずに自分の音楽を追求した、真のクリエイターの一人だと思います。故忌野さんが楽曲で我々リスナーに直接影響力があったとすれば、加藤さんはスタイルというか、ミュージシャンシップのような、音楽家の姿勢で後進に影響を与える、ミュージシャンズミュージシャンだったという感じでしょうか。損失は本当に大きい。それだけに、「音楽で出来ることが何も無くなった」という死因がとても悲しく、どこまでも孤高なのだと感じました。

 ちょうど、まさに訃報が発表された時間に、同業の若手を対象にした「企業経営リスクとして考えるメンタルヘルス対策」のレクチャーを受講している最中だったので、帰宅後にネットを開いてショックを受けているところです。「鬱」やストレスが起因の障害を正しく理解すること、変化の兆候を見逃さないこと、企業としてどのようなケアができるか、など知識を得たばかり。これから社でどんな手を打つかという時であり、ファンの一人としてやりきれなさを感じています。興味のある方は、下記に一部ですがキャリアを紹介しますので、是非いちど、彼の音楽に触れてみてください。


加藤和彦 入門

 訃報では、フォーククルセイダース「帰ってきたヨッパライ」と、北山修氏との共演「あの素晴らしい愛をもう一度」の紹介しかありませんが、「悲しくてやりきれない」やCMソングになった「家をつくるなら」、提供曲ではベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」が教科書的に残る名曲でしょう。

 さて、これらが代表曲だと思うと、懐かしいフォークソングのイメージで固定してしまいそうです。音楽家として、あらゆる音楽スタイルを吸収し、「おしゃれなPOP」というスタイルを開拓したのは彼です。当時最先端だったロンドンに頻繁に往復し、その感覚の移殖に成功しています。同時代のカレッジフォーク、ハードロック、アングラ集団などの喧騒から一人抜け出し、独自の世界を深めています。


 ソロ活動の1st「ぼくのそばにおいでよ」と2nd「スーパーガス」はもともと2枚組みの大作「児雷也」として製作していたところ、レコード会社の横槍で曲を削られ、曲目を変更され。。。と、経緯をレコードジャケットの裏に報告し、有るべきカタチと次回への要望を表明するほど、真摯に取り組んでいた御仁でもありました(凄く怒ってます)。フォーククルセイダースとサディスティック・ミカ・バンドのキャリアの間での貴重な経験になっていたことと思います。フォークル時代から先進的なサウンド実験に精力的でしたが(決してコミックバンドではありません)、このソロ期間の数年はシングル曲を含めて、日本では、彼しかやっていない取組みの塊りです。
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「加藤和彦の世界」が決定版として、ソロ2作とミカバンドのシングルのみのレア曲までオイシイところ満載。「メモリーズ(リンク先から試聴可)」はキャリア全部から本人チョイスで。やはりソロ2作からが多く、大切な時期だったことが分かると思います。故人の豊穣なる音楽世界を知っていただけたら思います。

テーマ : お気に入りアーティスト
ジャンル : 音楽

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