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シリーズ龍吐水師 春の二挺拳銃

拙ブログ、防災カテゴリーが73件を数え、雑多になりましたので新たに火消し・道具に振り分け、火消しから消防組織になるまでの文化と道具の変遷に纏めようと思います。まずは新カテゴリー作成記念で一発。四月一日付け、新年度で心機一転というとコジツケになりますが。

カテゴリーが多すぎても何だと思いますが、地震防災と火災予防も区切るかもしれません。阪神淡路の教訓、消防用設備であるスプリンクラーがポンプ電源が落ちたり配管が破断するなど1割しか機能しなかったことから、行政の区分も含めて総合的な危機管理思想に変わっています。細分化するかどうか思案しています。

では、早速。


二挺拳銃 ←謎の二挺拳銃

もはや龍吐水でも龍生水でもなく、龍吐水師の仕事であるとしか分かりません。

というわけで、珍品発見。豊川稲荷門前で。龍吐水師で新ネタをリリースできるとは思いませんでした。
二挺の1①  二挺の2②  二挺の3③  二挺の4④  二挺の5

写真①~⑤、以下すべて其々クリックで拡大してください。なかなか操作性に富んでいます。
1.2本の筒先(放水口)は独立して放水角度を変えることが出来る。
2.ポンプの操作部分は「く」の字になっていて、下部は足で踏んで固定。力が逃げません。




二挺サクション ←底部のサクション(吸込み口)
ゴミなど吸い込んで異物で詰まらないように編み目になっています。

二挺御免  二挺細工処 御免・本改(左)と 細工処 山口■■(右)の焼印

幕末~明治初期、龍吐水師として末期の作だと思います。
■■の部分は読めませんが、「倉屋」と書いてある気がします。そうである場合、江戸期より職人の個人名で請け負っていたところを製造所として製造責任を声明し、製造「業」になっていったのでしょうか。ゼネコンと設備業者の関係とか、倉造りに必要なものは全て販売元になっていたのかとか、興味が尽きませんが、想像はそのくらいにしておきます。








以下、参考リンク 北後 明彦 先生のHP(教授、学術博士) 研究ページより

安政の地震火事と大正震火災 大熊喜邦(大蔵省技師、工学博士、1877年生れ)の講演より

消防器具、用水

「江戸時代においては、非常に多くの火災に、苦い経験をもっておりますために、宝暦年間に木製の龍吐水、すなわち、今はあまり姿をみませんが、木製のポンプ、あれを幕府自身で造って、各町内に貸し下げたのであります。」

「今日からいえば、極めて幼稚なものでありますが、龍吐水の効果を認めてから、その後は各町でだんだん多くこれを備えるようになり、少ないところで一町に二個、多いところでは一町に八個、大名屋敷ではたいてい龍吐水を備える、大通りの商店は主として自分の家作でありましたから、自分の龍吐水を備えておって。一軒に一台もあり、二台もある」

「一台乃至二台の龍吐水は、一軒の火を防ぐには当時十分であったのであります。」

「江戸時代においては、水道は水源地が三つも四つもありました。水道は三つも四つもの別の水源地からこの市内に入っておったのであります。そうして、その用水としては、この水を井戸に引いているのであった。また諸所に池もあった。それから濠の水、川の水というものも、もちろん消火用水となったのであります。そうしてそのほかに、江戸時代においては、火には水というモットーのもとに、井戸を作ることを奨励した。その例としては、こういうことがある。町中に用心井戸を作れと、その井戸というものは、どうであるかというと、一町の両側に井戸が八つ、一町より長いものは十づつ掘る、片側の町は四つづつ掘る、という命令を出した。用水の来ない所は方々に水溜桶を置かした。その水溜の数は一町について八つ、しかし長く置くと水が腐るから、一ヶ月一度は水を取り替えて置け、というような命令を出して、用水を備えさせたことがある。この他にさらに屋敷内には井戸というものは沢山にあったのであります。」

「この井戸が安政の火災において、ずいぶん役立っていることであろうということは、想像されるのであります。」

「水溜桶が江戸市中の町家だけでどのくらいあったかと思いますと、十五万九千三百九十六個の水溜桶が備えられておったのであります。しからばその時分に表通りの店は何軒あったかというと、約十三万でありますから、一軒について一つ乃至二つの水溜桶があったことになる。これをその時分の人口にあわして見ますと、町家六人について一つづつ水溜桶を備えたというような状態になるのであります。」

「今日では皆さんご承知の通りの消防制度をもっておる。そうして消防器具は科学的に十分発達したものであります。そうして、災害の当時、相当に消防は活動をされたはずのものでありまするが、いったん水道に故障が起こってくれば、もう燃えるがままに、まかせるより無かった。要するに、今回はあまりに水道に頼りすぎた。」

以上、引用終わり。
長かったですか?リンク先ページではこのほか、「防火制度」「消防制度の比較」の講演を再録しておられます。またの別項でもお世話になるかもしれません(勉強になります)。

それでは、上記の水源となった防水桶と配置の様子をご覧下さい。

用水桶 

木桶のものが多いですが、これは焼き物です。この場合、用水甕と云うべきでしょうか。波模様が気に入っています。
桶の下部に出っ張りがありますが、栓になっています。上掲の講演録では防火用水の定期的な入れ替えが義務付けられていたようですから、排水口だと思います。
高さ1m、内径で80cmくらいでしょうか。測っていないので不正確ですが。

用水 倉 ← 倉の脇に用水桶、蓋の上に水桶

用水 八丁堀 ← 八丁堀番所 上と同様。梯子や纏、火消し道具も。

用心 爺さま オマケ 火の用心の爺さま。右手には提灯を持っていたはず。

テーマ : 温故知新
ジャンル : 学問・文化・芸術

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