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珍品 スモー粉剤消火器

スモーロゴ スモー印 スモー粉剤消火器

またぞろ変なものが有りまして。スモー;相撲です。力士がコレを片手に鬼を踏み締めています。

スモー粉剤 全容です。高さ50cm直径6cm。

好い加減に褪色していますが、一面の宣伝文句と色目がうるさいですね。ギラギラしています。上部の輪っかは本体の蓋と一体になっていますが、使い方は後段で。
相撲マークの上にコインのような図柄が四つありますが、製品の受賞暦を現しています。それでは表面記載事項を。

日本国政府登録商標
満州国政府登録商標(注;1932~1945 昭7~20))
THE SUMO FIRE EXTINGUISHER
創業明治45年(注;1912)スモー粉剤消火器
特許 自動開閉弁付なるが為め普通品の如く一時にドッと散失の恐れ無き特色あり
於 大正博覧会 銅牌受領  (注;1914 大3)
於 大阪化学工業博覧会 褒状受領 (注;1918 大7)
於 発明品展覧会 有効賞受領  (注;第3回?ならば1923 大12)
於 帝国発明品共進会 銀牌受領  ・・・以上の受賞暦が4枚のメダルのマーク

登録 第一一五八一四号
商標 第一三三四二八号


登録 第五二五六一号
商標 第五七六二九号
 ・・満州のほう?
製造期間は明治45、実質は大正元年から。写真の製品の製造年は満州国政府登録から昭和7年以降のブツですね。
製品情報が多い割りに、薬剤成分や適応する火災の種類などの記載はありません。このあたりの規格化の道のりは下記に。昭和25年くらいから国家検定が始まりますので、その辺りが製品寿命だったと思われます。


東京消防庁 消防雑学辞典 消火器のルーツ より、

~前略~
「年を経ると共に安くなって行く商品は消火器のみと聞く、粉末はその最先端を行く?」といわれた粉末消火器が輸入されたのは昭和26(1951)年のことで、輸入価は2万円以上もする高価なものでした。翌昭和27(1952)年には、宮田製作所や川崎航空機製作所で消火器の国産化に成功し、「8KG型」と呼ばれるものが1万6,500円で売り出されました。その後、改良が重ねられ、昭和40(1965)年には「ABC粉末消火器」が、期せずして多くの会社から販売されるようになったのです。消火器の国家検定制度が採用されたのは、昭和25(1950)年5月17日の「消防法の一部を改正する法律」によって、消防法第19条に「国家消防庁(現・総務省消防庁)は、消防の用に供する機械器具及び設備並びに防火塗料、防火液、その他の防火薬品に関して要求があるときは、検定を行うことができる」という事項が加えられたことによるものです。しかし、これはあくまでも任意検定制度でした。

 消火器の国家検定が、本格的に実施されるようになったのは、昭和38(1963)年の消防法改正(施行は昭和39年1月1日)によって、検定業務を行う特殊法人日本消防検定協会が設立されてからのことです。ここに初めて強制検定制度が発足し、粗悪品が市場に出回るのを阻止することができるようになりました。

 消火器には、適応する火災を表示する円形の標識が付いていますが、これが付けられるようになったのは、昭和36(1961)年12月28日に「消火器の規格」が自治省消防庁告示として出されてからです。この告示はその後改正され、現在は「消火器の技術上の規格を定める省令」となっていますが、ここで円形標示の色別などが定められています。
 円形標示の白は「普通火災」(木材、紙、布などが燃える火災)、黄は「油火災」(灯油、ガソリンなどが燃える火災)、青は「電気火災」(電気設備や器具などが燃える火災)と、それぞれ適応する火災の種類を示しています。
 消火器に施されている塗色については、一般的な消火器は赤色ですが、二酸化炭素消火器やハロゲン化物消火器は、緑色やねずみ色に塗色されています。それは、消火器の内容物が、高圧ガス取締法の対象となるからです。

 消火器を購入するときは「国家検定合格品を選ぶこと」、「使用する目的にあっていること」、「大きさや形などいろいろあるので設置する場所を考慮すること」などの注意が必要

スモー用法 使用方法

力強く叩きつくる如く振り掛く可し
如露にて水をまく如くにては効力うすし

【注意】
平常は柱等の強き曲げ釘に吊るし置くべし。
出火の場合は筒の下部を握り下に引けば蓋は抜け去る。
而して狼狽せずに火焔の中心に向かい恰も火を打つ如き形にして
手早く且つ強く消火剤を散乱せしむべし。
少なる火焔には消火剤を掌にあけて強く叩きつくべし。

別途 英文の使用法も記載されています。
DIRECTIONS,,,以下、英訳文
MANUFACTURED BY THE SUMO FIRE EXTNGUISHER Co,LTD. (製品名が社名でした)
MADE IN NIPPON ・・・いいですね、まだ負けていない日本です。

満州といえば先般なくなられた故・森重久弥さんを思い出されるかも知れません。地元浜松の大手建設会社にも満州で力を付けて、戦後、出身地に引き上げて改めて創業、成功して今に至る、というお会社があります。地域の歴史と合致すると近現代史が身近に感じるように感じませんか。


テーマ : 温故知新
ジャンル : 学問・文化・芸術

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