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1944東南海地震 遺物初展示

東南海地震で脱線 貨物列車の車輪初展示 磐田  2010/07/29 静岡新聞

 1944年12月に発生した東南海地震の強い揺れで脱線、転覆した貨物列車の車輪が磐田市内で発見され、28日、市埋蔵文化財センター前で展示が始まった。「戦時中で記録が少ない東南海地震を語る上で貴重な歴史資料」と同市。一般向けの公開は初めてという。
 車輪は今年4月に同市新貝で工事中に地下2メートル下の土中から車軸が付いた状態で発見された。車輪と車軸に刻まれた型番号から39年に住友金属工業で製造・組み立てられた製品と判明した。
 さらに、当時の記録から東南海地震発生時に、磐田市新貝の東海道線「太田川駒洗川橋梁(りょう)」付近で、脱線転覆した貨物列車の車輪の一つであることも分かった。
 東南海地震は熊野灘を震源としたマグニチュード7・9の巨大地震。県内で295人の死者を出した。車輪が発見された太田川流域は震度6を記録し、住宅の約6割が全壊するなど被害が集中したとされる。
 貨物列車は地盤が3メートル陥没した影響で、60両のうち45両が脱線し、一部が川や水田に転落。軍用ガソリンを運搬していたため火災も発生したという。
 車輪はほとんどが回収されたが、市の担当者は「回収しきれなかった車輪の一つが発見されたのでは」と分析する。
 同センターと隣接する市立中央図書館で31日に始まる企画展では東南海地震コーナーを設置。事故現場を記録した写真パネルや再現ジオラマを展示する。
今日は短稿、記事紹介です。

東南海地震。記事にもある通り、資料が少ないので筆者もついついスルーしていますが、国家の非常事態(この時は戦時)に災害が重なったケースこそ想定しないといけないかもしれません。

阪神淡路など、即日報道があり、全国からも速やかに救援物資や災害ボランティアが駆け付ける。あるいは外電により海外からも善意が届くことが当たり前ではないようです。大正の関東大震災でも被災状況の周知があったからこその復興だったと思います(流言蜚語などの反省点も知られていますね)。

いつ起こるかわからない天災だけに、「悪いことが重なる」というタイミングも避けようがなく、シュミレーションはしておくべきでしょう。さし当たってライフラインとして情報インフラが重要携帯電話の非常用電源とAMラジオの常備は再確認しておいたほうが良さそうです。

テーマ : 東海地域情報(愛知・岐阜・静岡・三重)
ジャンル : 地域情報

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