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満員御礼 国際UD会議in浜松

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       中部経済新聞 11月3日


 弊社が機器出展をさせていただいた標記のイベントが11/3に無事閉幕しました。機器展示会場には主催者発表で12,000人が来場と言うことです。地方都市浜松としては、賑やかで盛会のうちにと表現できると思います。(中心市街地は土日祝も閑散とする寂しい昨今)

※11/12追記 「第3回 国際ユニヴァーサルデザイン会議inはままつ」への来場のお礼 弊社公式HPです。

 今年は9/1~7の防災週間に自社イベントを開催したわけですが、会場しずぎんギャラリー四季はまさに中心市街地の ど真ん中。アゴラ浜松の8階という眺望の良さでしたが、猛烈な残暑も相まって、人も車も通らない市街地を上空から眺めていました。そんな気候の中、わざわざ駆けつけてくださった多くのご来場者の皆様には、本当に心強くありがたく感じました。

 今回あらためて企画出展に参加させていただき、”イベント”の強みを実感しているところです。間口の広い展示のため、他にお目当てのブースがあっても、当社の展示物に立ち止まり、立ち寄って頂くお客様も多く、出来うる限り顔を出すようにしていましたが、当社ブースは常時3~4名体勢の担当者が切れ目なく何方かに商品説明をさせて頂いておりました。弊社ブースへのお客様集計を楽しみにしています。

 試作品の参考出品である展示物について、社会科見学・ユニバーサルデザイン学習の一環で来場したとおぼしい児童たちは、木だと思ったら”ニセモノ”だったと言うところに驚き、想定したユーザーである視覚障害の方より実際の非難想定について貴重なご意見を頂いたり、技術マニアの人(一定の割合でいらっしゃいます)より細部の出来についてアドバイスを頂きました。実機に反映させるべく、まずは受注活動を頑張ります。


 地方開催ですから、出展者にも友人知人がいたり、上記の記事中にもありますが、この道10年の(UD設備・機器での)老舗ですから、大手メーカーさんも「今日は社長は?」と訪ねてくれたそうです。K社O本部長、お元気そうで何よりです。また、当社はもともと防災の工事・点検業者です。普段の設備先・メンテナンス先のお客様とも、日頃の設備担当者様以外と貴重な意見交換になったこと、出入り業者としての認知度UPと併せて有意義な経験が出来ました。静岡県の工業技術研究所様も、当社の工事会社としての製造開発に興味を持ってくれたようです。

 さて、記事の最後の段落に当社10年(この分野)について紹介してくれています。裏話を少々。

 ユニバーサルデザイン開発センターという社内部門をセンター長として部下3人と4名体勢で立ち上げましたが、設備工事業者では全国初の試みだったようで、機器メーカーさんも多くは時期尚早、或いは興味が無いという市場でした。旧建設省としてハートビル法という努力規定があったくらいのところから、運輸省と一緒になった交通バリアフリー法なんかが駅ターミナルのバリアフリー化のガイドラインを整備して2005~6年くらいからようやくUDという概念が浸透したのかな、と記憶します。なので、当社の取組みは全国に先駆けて設置された県のユニバーサルデザイン室からも、「早すぎる、県でも何を推進するか決まっていないからね」という評価?でした。その頃より、県との共同研究、県警との共同開発、商工労働部の講師と、コラボレーションも積み上げています。

 2003~4年くらいまで、駅舎や公園、庁舎にこつこつと納入実績を積み上げてきましたが、不採算の先行投資事業です。当時4名になった部下もつらかったことと思います。役員会の応援があっても同僚に理解者がいない。「俺たちが稼いだお金で何をしているの?」という目線は、工事部門が「忙しいから」と工事を引き受けてくれないスタートで、担当者は作図から施工管理まで全てをこなしながら機器出展にもチャレンジし、「営業に専念できない」という悪循環な時期も乗り越えてきています。大手メーカーさんでも新規部門がお荷物扱いという多くの事例を慰めに、(絶対的な安定性には至らぬまでも)当社の柱事業の一端を担うまでに成長したと思います。

 ここで記事の最終段落、

 セルコは2000年6月に「ユニバーサルデザイン開発センター」を設置。「すべての人に優しいまちづくり」をモットーに、これまでに音声誘導装置やUDを取り入れた消防設備などを開発してきた。「事業として確立した」(同社)として数年前に同センターは解消したが、今後もUD製品の開発を続けるという。

 取り上げていただきありがとうございます。取材していただいた”事実”は間違いないところですが、読後の印象が少し寂しい撤退ムードのように感じましたので、この機器開発事業が強気で前向きなプランであること、一言申し添えようかと。

 まずは部門立ち上げのセンター長ですが、会社の後継者と言う立場にあり、2002年の静清合併を期に静岡営業所を支店に昇格した初代支店長(取締役)を兼務することになりました。以後、代表専務を経て、2007年に社長就任と、中々めまぐるしいスケジュールを消化してきました。ここでこれまでのUD開発の実績を踏まえて(この頃には県下でシェア80%前後に成長しています)、防災・防犯にかかわらず開発提案型企業にシフトしてきました。営業企画部とカスタマーサービス部門です。記事にある事実『「事業として確立した」として解消』というのは、全社の取り組みとして昇格したとご理解下さい。以降、現在まで企画提案部門の実績、社内シェアは順調に伸びています。

 もうひとつ、シェアを押さえると〈UD/音声誘導=セルコ〉という代名詞的な認知に至りますので、後継者でありながら創業メリットを享受するというこの上ない幸運にめぐまれました。が、兎に角、亜流がどんどん出てきます。同業ライバルが”取り扱いをはじめた”までは良くあること。当社が3年4年かけて種をまき、5年目に大きな入札案件に育てたところで市内の有力ライバル担当者が【D社UD開発センター】と部門名を丸写しした名刺で営業活動をしていました。


 当社はこの分野のオリジネイターとして、(防災屋としての知名度しかない為)下記の一文をプロジェクトメンバーの名刺の裏面に入れていました。

『私たちは1965年の創業より培ってきた「安心・安全の理念」と「電気通信技術」をもとに「すべての人にやさしいまちづくり」の一環として、健常者の方、障がい者の方を問わず、すべての人が利用できる触知案内板や音声誘導システムをはじめ社会福祉に役立つ製品の普及促進に努め、地域社会に貢献しています。』

・・・D社担当氏の名刺も創業年は別として全く同じ文面が踊っていました。製品の性質上、名刺に点字を打っていましたが、そこまでフルコピー。ここまで模倣されたら創設者冥利に尽きますが、ちょっとやそっとでは真似できないところまで突き放してやりました。 創業会長のビジネスモデルもよく模倣されてきましたが、2代目として打ち出したあの手この手も続々ぱくられています。よく言えばリーディングカンパニーと言えなくも無いですが、田舎の中小企業程度では、いかんせんお行儀が悪いですな。お里が知れると、字の通り。

 そんな訳で、UD事業をキッカケに設備工事会社がシズテム開発・製造部門を設置するまでになり、「安心・安全・快適空間」をコンセプトに提案活動に力を入れています。ここに漕ぎつくまでの苦労話しのようになりましたが、企画部門も実績と共になくてはならない部門になりました。今では製造開発予算の稟議も通りやすくなり、開発担当者も自分のアイディアを、、、、いや、ちょっと今回は書きすぎました。またどこかにパクられるのかなあ。

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