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広島で同業の寄り合い

広島爆心

 先々週末、広島で同業の寄り合い(総会)があり、翌日土曜に平和記念公園~宮島見学。つまり上の写真は爆心地の模型。中学生の修学旅行では、「悲惨だが、よくわからない」という印象でしたが、団体行動の強行軍という時間不足、戦争を含む世界史の知識不足、そして何より感性が青臭いといったところから。歳をとって色々な知識がついてからの見学は感慨深いところあり。学校で教わったり、例年終戦記念日前後のTV番組のような、何が何でも「軍国日本帝国主義の云々」という過激なメッセージはなく、公平に「なぜ?」を感じる資料展示でした。

広島建築1 
     平和記念公園休憩所(売店)

爆心地から170m。昭和4(1929)年、大正屋呉服店として開店。戦争が激しくなり、1944に県燃料配給統制組合が買収。被爆時は屋根が大破、地価にいた一名を除き全員死亡の施設。戦後直ちに改修、燃料会館となる。昭和32(1957)広島市東部復興事務所が設置され、復興のシンボルとして活躍。



広島建築2

広島建築3

 この2点は当時の庁舎などの模型。「被爆までの広島」がいかに発展していたか。

ドーム1
そこで満を持して、ドームです。

被爆前  被爆前の広島県物産陳列館

大正4(1915)、チェコ人建築家 ヤン・レツル による。緑色のドームが市民親しまれ、県産品の陳列即売または商工業に関する調査・相談業務のほか、美術展や博覧会など文化事業にも利用されていたそうです。当時のお抱え外国人技術者の活躍による平和な発展も戦前外交の枠組みとして押さえたい知識ですね。以下、別角度から。


ドーム2
ドーム3
ドーム4
ドーム鳥

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