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戦災復興区画を再開発 国交省指針案

7月に伝統芸能フェス 浜松、市制100周年を記念 2011/02/15 静岡新聞

 浜松市は市制100周年記念事業として今年7月2、3日、市内の多彩な民俗芸能を一堂に集めて「伝統芸能フェスティバル」を浜松アリーナ(同市東区和田町)で開催する国指定重要無形民俗文化財の西浦の田楽(天竜区水窪町)や川名のひよんどり(北区引佐町)など市内の芸能保存団体など16団体の協力を得て、浜松に受け継がれる豊かな芸能の魅力を内外に発信する。
 同市内にはこのほか、県指定無形民俗文化財の横尾歌舞伎(北区引佐町)や滝沢の放歌踊り(同区滝沢町)、市指定無形民俗文化財の遠州大念仏などもあり、2005年の合併後から「旧地域の枠を超え、市民全体の誇りという意識が芽生えてきた」(市文化財課)。節目の年を機に、地元の民俗芸能にあらためてスポットライトを当てて郷土への愛着を高めてもらうとともに、各芸能保存団体の活動の活性化と交流振興を図る。
 1日目は「浜松芸能歳時記」と題し、四季をテーマにプログラムを展開。2日目は「はままつまつり街道・東西南北」と題し、街道をたどりながら“民俗芸能の宝庫”と言われる三遠南信地域の芸能を紹介する。愛知や長野県の芸能保存団体にも出演を依頼する見込み。
 市は2011年度当初予算案に1250万円を事業費として計上し、4月中には学識経験者や保存団体で実行委員会を結成する予定。同課は「熱気と味わいを会場全体で創り出し、100周年の祝祭感を演出したい」としている。

戦災復興区画
戦災復興区画を再開発 2011/02/16 静岡新聞(WEB版なし)

 二つの記事、何の関係も無いようですが、私的には関連付けて活性化の起爆剤に。。。。誰に提案したらよいのかな。三遠南信道路や産学官の協働など、地域連携の話題があります。上の記事の通り、文化圏としても親近感がある地域。一方、まちなか賑わい創出など、頭の痛い悩みも抱えている浜松です。100年を期にプランニングされても良いのかな、と下記に一考。

二の鳥居 浜北区小松の秋葉山 二の鳥居

 文政5(1822)年 三河国岡崎の石工により建立。石の鳥居としては遠州最大。安政5(1854)年の大地震で倒れ同じ石工により立て直されたと言う。街道筋のため火の不始末による火災が多発。村人は火防の神として知られる秋葉大権現を勧請したという。(天竜川と秋葉街道 神谷昌志 明文出版社 S61)

 秋葉山の二の鳥居があれば、一の鳥居は何処だという話題になると思います。一の鳥居は青銅製であったため昭和17年に金属供出で撤去され、基礎部分もその後交通の邪魔であると、跡形もなくなっています。
 浜松宿より秋葉山へ通づる秋葉街道。起点は旧東海道からりそな銀行浜松支店と何かと話題のビオラ田町の間。一の鳥居 田町一の鳥居(上掲書より)

 戦争で“応召”した秋葉の大鳥居 シリーズ28「田町」 NetDeびぶれ どい~ら浜松様より

「秋葉山を詣でる際、浜松以西の人は東海道の田町(今のビオラ田町とりそな銀行浜松支店の間)から秋葉街道に入っていきました。田町の人々は「幕末に大火があったのに田町の焼失戸数が少なかったのは秋葉信仰のおかげ」と嘉永5年(1852年)この地に鳥居を建てました。文久2年(1862年)には青銅製の大鳥居に。写真で見ると二階建ての家の屋根より高く、秋葉山の一の鳥居として浜松名物となりました。
 ところが太平洋戦争で金属は供出の対象となり、この名物鳥居も撤去されることに昭和17年9月9日午前10時から田町の住民や市の職員が参列し、秋葉神社の神官が修祓式(しゅうばつしき・おはらいの儀式)を行いましたが、新聞は「戦時資源大動員に応召」と記しました。大きな鳥居だったので解体には10日もかかりました。」

同じ東海道沿いには、浜松最古の神社、蒲神明宮の参道大鳥居と道程標があります。
蒲大神参道  蒲大神道程標
大鳥居と右下、道程標の拡大。蒲神社への距離など彫ってありますが潰れて読めない。裏面に明治二十七年?のように記銘されるも読めません。

 さて、浜松市制百周年、第二東名静岡県内開通は2012年度、一の鳥居の撤去は昭和17年の戦時供出の為、、、二俣街道と旧東海道の交点に大鳥居の再建を熱望します。町や村の人々が火防に対する共通意識から建立してきたものです。国家のために供出されたら町の活性化のために利子を付けて還付されるのが筋ではなかろうかと。

東海道線・新幹線の入り口、浜松駅前とも考えましたが、アクトシティ前に大鳥居では品が無い気がしないでも無いですね。ここから電車道を北上すれば二の鳥居まで一本という魅力も。

・・・市制百周年 伝統芸能フェスについては稿を改めます。


ちょいと無粋なニュースもありました。
敷地内に「祠」 佐賀地裁黙認 「政教分離上問題」と昨年末移設 2011年2月16日 西日本新聞

 佐賀地裁(佐賀市)の敷地内に長年、祠(ほこら)が放置され、地裁が「宗教施設と誤解され、憲法の政教分離の原則上問題がある」との判断で、昨年末に撤去し、本殿である近くの神社境内に移設していたことが分かった。地裁によると、祠は国が用地を取得した1884(明治17)年からあったが、市有地の神社への無償提供を違憲とした昨年1月の最高裁判決を受け、撤去を決めたという。政教分離に関する司法判断をする裁判所が敷地内の宗教施設を「黙認」してきたことに、識者からは批判も出ている。

~~~ 中略 ~~~
■地裁の鈍感さに驚き 小泉洋一・甲南大学法学部教授(憲法)の話

 最高裁判決が示す通り、公的な場所に宗教的な施設があるのは憲法違反。しかも「法の番人」である裁判所の敷地内となれば、大きな問題だろう。長年放置し続けた地裁の政教分離への鈍感さに驚きを隠せない。

2/22 追記
浜名湖 弁天島の鳥居について、あれは「浜名湖観光タワー」が正式名称。弁天島にも弁天神社はありますが、関係ないというはなし。観光振興のために地元商工会が補助金申請した際、「鳥居と言う扱いであれば政教分離の建前上、補助金交付は無理。」ということだったと思います。鳥居ではないが、シンボルとして十分役目を果たしていると思います。

テーマ : 静岡県
ジャンル : 地域情報

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