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新聞テレビとどのように付き合うか

新聞いろいろ

・・・懐古読みなんて、引越しや大掃除なんかで始まってしまいますね。下記の裏表紙からです。↓↓↓

新聞の読み方
昭和32年ごろの小冊子。社会科見学なんかで配布か?挟み込まれた「朝日だより」というリーフレットが同年7月発行のもの。フルシチョフと編集長の独占会見が目玉記事。。。。


「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛むとニュースになる。 」byボガート
 ジャーナリズムを学ぼうとするときにお目にかかる言葉。キレる若者、荒れる成人式なんかがこれにドンピシャなイメージでしょう。全国的に粛々と式典がある中、筆談のキャバ嬢がスピーチしたり。人が犬を噛むような派手な報道。震災前では尖閣問題で多くの抗議デモを取り上げず、10人以下の反戦デモのようなものは常に取り上げられています。大半の同意が得られるものは記事にする必要が無く、「え、ちょっと何言ってるかわかんない」というニュースが売上げ或いは視聴率に貢献するのでしょう。

 震災関連の寄稿が続きましたが、早いものでもう44日が過ぎました。買占めや自粛、放射線と避難区域の問題など政府発表とマスコミ報道に煽られがちであった部分は、知人客先等との情報交換の中で冷静さを取り戻せつつあるように思います。現実が好転しているわけでなく、高騰した建築資材が落ち着いてきたとか。震災が引き金になった倒産について触れましたが、震災を理由に支払い遅延など、由々しき言い訳が発生してきましたので引き締めなければいけませんね。。。。ずれてきました、戻します。

 今回はそんな時勢だからこそ、流言蜚語があれば一歩引いて冷静に情報を処理したい、マスコミ情報との付き合い方に触れてみたいと思います。

 上掲の「朝日新聞の読み方」、なるほどという章立てが何箇所か。

・見出しは俳句のようなものです。
・見出しはクセモノです。
・・・このあたり、労働争議を取り上げた場合には「ガンメイな会社をとうとう目ざませる」とか、大きな社会悪を無くすることのためたたかうことが戦後新聞の特色であり、社会の為に新聞が立ち上がるのをプレス・キャンペーンといい、そのくだりの中で「大きな広告主に気がね」する可能性(他社のこととして)に触れ、見出しの大小で政治的・社会的影響が強いことを自覚したうえで「見出しだけ読むのも恐ろしい気がします。」としています。

・新聞を批判的に読む目をやしなって下さい。とは至言。

 この記事は正しい記事かどうか。色がついてやしないか。宣伝ではなかろうか、などと考えてみるのです。それにはまずニュースソース(記事の出たもと)がどこかをみることです。これは何党の宣伝記事だとか、世人の関心を引こうとする売名的なものとかが、ウスウスでもわかることがあるでしょう。
 (本文より)
 さて、冒頭の「犬が人を・・・」という格言のほか、

【-言論・ジャーナリズムについて-】 から引用

・ジャーナリストは、真実でないと自ら心得ている事柄を語る。
 しかも、それをしゃべりつづけているうちに、真実になるかもしれないと願っている。 byベネット

・よいニュースはつねに遅れてくる。悪いニュースはつねに早くきすぎる。 byボーデンシュテット

・私にとって、真の道理のほうが民衆の意見より価値がある byキケロ

・言論の自由を呼号するものは、それを濫用しようとする人間のみである。 byゲーテ

・千人の非難にあえば、病なくして死す。 by中国の諺

・世論と共に考えるような人は、すべて自分で目隠しをし、自分の耳に栓をしているのである。 byニイチェ

・三つの敵意ある新聞は千の銃剣よりも恐ろしい。 byナポレオン

・新聞・雑誌は嘘の巣窟だ。そして読者の大半は、その嘘にまるめこまれる可能性がある。 byローラン

・我々は政府と朝刊の支配下で生活している。 byウェンデル・フィリップス

・つまらない新聞を読んで「なんて近頃はくだらないんだ!」と言った時代もあったろうが、
  最近の読者はこう言う。「なんてくだらない新聞なんだ!」と。  byダニエル・J・ブールスティン

・ジャーナリストは公平な批評家であるよりも、むしろ党派的意見の代表者である。  by三木清

--世界傑作格言集-- 様より(リンクフリーの太っ腹サイトなので、右上リンク欄に追加しておきます。)

だいたいこの辺りの格言を押さえておけば、新聞道初段くらいの認定は取れるのではないかと思います。

最近はネット言論なんかで、新聞の「社風」読み比べなんかもあり、自分で判断しやすくなった面も有ると思います。が、古くは西山事件、1993年には椿事件なんてものがあり、後者は現在進行形で精度を上げています。某経済紙専務主筆が「自慢」として新聞業界を先導した件、本人より直接聞いています。また一般紙の政治部出身にて社説子を長く努めたコメンテーターも「講演」と称するセミナーで、「ジャーナリストは、真実でないと自ら心得ている事柄を語る。しかも、それをしゃべりつづけているうちに、真実になるかもしれないと願っている。」を地で行く政治活動をお金を取ってやっています(某会議の基調講演で聞かされた)。先の政権交代でマスコミ関係者が20人くらい与党で当選していますが、 政権交代後に耳にしなくなった言葉は多いですね。説明責任、任命責任、閣内不一致、民意を問う。。。。。

上手くまとまっているサイト見つけました。
民主党政権になってマスコミが使わなくなった言葉

もともと反権力の傾向が強い職業で権力の監視役なんて自意識も聞かされてきましたが、羽織ゴロと呼ばれていたような時期があったことは知っておいた方がよいと思います。それが三権分立の上に立つ第4の権力とまで言われていたところ、政権交代で立法府に入り込むところまできてしまいました。報道は疑え、昔から言われていることです。 



*羽織ゴロはおりごろ。
日本では、新聞は瓦版からはじまった。瓦版は絵入りで事件・事故を報道するのを得意としていた。その伝統が、明治時代の新聞に引き継がれた。羽織ゴロとは、当時の新聞記者のこと。羽織を着て立派な身なりをして、正義の味方のようにふるまい、事件・事故をかぎつけては金品を巻き上げた。

1960年頃でも、新聞記者という職業はまともな職業とはみなされておらず、”新聞記者へは嫁にやるな”、”新聞記者にはなるな”と言われていたと記憶する。都新聞、宮武骸骨も参照のこと。(2008.01.18)
新聞配達  創刊当時の配達人

※5/2追記
大事なことを書き忘れていました。
新聞マスコミを疑うのならば、見聞きしなければ良いではないか、とはなりません。
引用どおり、「批判的な目をもって」、あくまで新聞は読まなければなりません。(テレビは見なくて良いです)
見出しや記事の扱いの大小も、小さな記事ほど見過ごせない情報だと思います。震災の記事が目立つ間に政府がそっと何をしているか。大騒ぎの記事の間に紛れ込む小出しのバルーン記事なんかがあったりします。テレビ報道で気をつけることは、「報道の自由」のなかに「報道しない自由」も主張していることが多々あります。編集権など、なんでも権利のように主張し、「知る権利」と言いながら「知らせない権利」も声高に叫ぶ矛盾。あ、これは大切な部分を隠しているなと、良くあることです。

嘘を嘘と見抜けないと難しい 通信用語の基礎知識 より転載

2ちゃんねるの管理人である西村博之(ひろゆき)の語った名言。

嘘を嘘と見抜けないと(掲示板を使うのは)難しい、のこと。
世の中には嘘が溢れている。情報を正しく得るためには、嘘を見抜く力を付ける必要がある。掲示板は特にその傾向が強いが、嘘を見抜く力さえあれば何も恐れる必要は無い、という意味の発言である。

2ちゃんねるでは、この発言や考えが重視されており、発言には情報源を求められる。これがソース原理主義であり、情報源を明確に示せねば、それは捏造や歪曲であることが示される。

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