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11/3から伊東忠太・可睡斎護国塔100年展が始まりました。

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お疲れ様です。第一回の折りに講堂の受講風景を見守る実行委員さん。

伊東忠太 可睡斎護国塔100年展 静岡県文化財保存協会
※Ⅰ~Ⅱは終了

Ⅲ.伊東忠太記念展示
1 日  時  2011年11月3日~11月27日
        期間内に記念講演会およびパネルディスカッションなどを含む
2 場  所   可睡斎内(資料代500円)


実行委員会事務局からのご案内メール
「昨日11/3から伊東忠太・可睡斎護国塔100年展が始まりました。
是非一度ご来場下さい。期間は11/27 w)?ネ日)までです。最終日の13:00からは記念フォーラム
(基調講演:後藤治 工学院大学教授、倉方俊輔 大阪市立大学准教授、パネルディスカッションもあります)
行います。こちらも是非ご参加下さい。」

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          護国塔で休むカラスと、                 内部から見上げたトップライト


第一回から(可能な限り)参加している「伊東忠太 可睡斎護国塔100年展」です。11/3より始まった記念展示ですが、翌11/4に寄って来ました。まずは久方ぶりに上陸した先の台風15号の被害で可睡斎さん自体が大きく被災していました。樹木78本が倒れ一部下敷きになった施設もありました。心よりお見舞い申し上げます。思い起こせば第一回の記念講演も3月12日、あの震災の翌日のことでした。ご来賓の袋井市長も作業服ですぐに市の対策内容を説明して庁舎に戻られました。(当日は港湾の水位とニラメッコしながら市民のパニックも想定し”避難勧告を出すか出さないか”ギリギリの調整をしていたそうです)
 招請された講師、建築史家の倉方先生。実行委員会の皆さんと中止するかどうかを相談の上、明治以来の西洋建築(士)がどのように耐震技術を高めてきたか、大変意義深い講演内容に急遽変更になりました。濃尾地震1891年(明治24年)、建築家のアイデンティティに関わる大事件でもあったそうです。レンガの下敷きで死傷者が出て、木造は軽いので被害が少なかったとか。文明開化以降、質よりもヨーロッパに留学したかどうかのみが評価されていた時代から、日本にあった独自の現代建築を求め始めた第2・第3世代の中に”伊東忠太”もまさに位置していたと、そんなお話し。ともあれ、今年は色々なタイミングで災害の当たり年を意識せざるを得ません。




現在展示中のもの、護国塔の立面図(青焼き図面)のほか、本来は二周り以上は大きかった当初案の模型、実現しなかった山門や本堂の伊東忠太設計図、錚々たる設立発起人(名簿の解説)などなど。

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真新しい山門ですが、欄間の波波など忠太の意匠が(逆に忠太が取り入れたか)。先にご案内の通りの被災状況のため今現在は散策禁止になっていますが、復旧の暁には設計案との見比べも楽しいと思います。展示物以外にも堂内は見学できますので期間内に是非要ってみてください。

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袋井市大谷地区で使われていた腕用ポンプ

ああ、先般発見された側近制作の明治天皇像も公開されていますよ。
関連エントリ
可睡斎の護国塔100年展 伊東忠太
【脱皮】 西洋建築から日本近代建築へ
【眼福】 勉強会の余禄
大日本報徳社 文化財の耐震補修
どまんなか袋井でニヤリ

予告;
1)伊東忠太・可睡斎護国塔100年展・第5講座9月16日「視察研修会」では、忠太の作品が多く残る京都へ
2)伊賀上野には松尾芭蕉生誕300年記念の俳聖殿が忠太最晩年の作品

頑張ってUPします。

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