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しかし、考え方が古いのかねぇ。

前回、前々回の続き記事など、二宮尊徳さんを引用する記事を何本か。随分と会社運営の方向付けにお世話になっております。が。

二宮金次郎像:勤勉精神いまは昔、各地で撤去相次ぐ  毎日新聞 2012年1月25日

 まきを背負って本を読むおなじみの二宮金次郎(尊徳)像。戦前に全国の小学校に建立されたが、老朽化などに伴い各地で撤去が進む。大津市の小学校でも3カ所で破損が見つかったが、「児童の教育方針にそぐわない」との意見もあり、市教委は補修に難色を示す。受難の時代を迎えた金次郎像だが、質素倹約や勤勉の精神を伝えると再評価する動きも一方である。
 大津市立下阪本小では昨夏、玄関前の像が倒れ、撤去した。地元自治連合会が復元を申し出たが、学校側と協議して復元するものの校長室への“隠居”が決まった。教諭の一人は「努力を尊ぶ姿勢は受け継ぎたいが、子どもが働く姿を勧めることはできない」と話す。昨年12月の復元像の除幕式では、卒業生のお年寄りから「子どもたちの前から消えるのは寂しい」と惜しむ声が漏れた。また、長等小では職員室前の戸棚に頭部だけが置かれている。壊れた理由は不明で、補修の予定はないという。
 市教委の調べでは、かつて多くの市立小にあったはずの像も、37校のうち現在残るのは9校。銅像は戦時に供出され、残った石像も70年代のベビーブームに伴う校舎の建て替えで大半が撤去されたらしい。担当者は「戦時教育の名残という指摘や『歩いて本を読むのは危険』という保護者の声もあり、補修に公費を充てるのは難しい」と話す。
 金次郎の生家に隣接する尊徳記念館(神奈川県小田原市)によると、全国的にも同様の傾向は進んでいる。一方で、同市や東京都の小学校では像を再興する動きもある。神奈川県土地家屋調査士会は10年、同県内の公立小約860校を調べ、残存する金次郎像145体を冊子にまとめて紹介。また、小田原市教委は05年、金次郎の遺徳を伝える物語を作り、児童らに配った。
 金次郎の教えが名称の由来となった報徳学園中学・高校(兵庫県西宮市)には7体の石像や銅像がある。今も教えは生徒の教育指針として伝わっており、同学園の城戸直和・報徳教育部長は「理屈より実践を尊ぶ姿勢はいつの時代にも通じる理念だ」と語る。
 尊徳記念館の小林輝夫解説員(76)は「金次郎は賢人の名言集から学び、自分にできることに全力を尽くした。少子高齢化で厳しい社会を背負うことになる今の子どもたちこそ、彼の姿勢に学ぶべきだ」と話している。

以上引用。

 どうにもサビシイ話題です。金次郎さん14歳の負薪読書像(ふしんどくしょぞう・ちゃんと呼び名がある)。最盛期という言い方になってしまうかも知れませんが全国小学校に20,000体以上あり、当社にも社員通用口など3拠点と社長室にありますが、入り口に鎮座する企業も何社か見かけます。大日本報徳社長 榛村純一先生より直接、なぜ金次郎像であるか伺っています。

二宮尊徳 天明7(1787)年~安政3(1856)没70歳
報徳思想;江戸時代の思想が全国で奨励され、現代でも実践されているのは報徳思想だけ
明治の原動力となり、根幹になっている。

二宮金次郎像は、福沢諭吉の「学問のススメ」とセットになって普及していった。
1)偉人の少年像は自発の向学心を示し、押し付けにならず教育の本質を説明している
2)負薪の姿は勤労・経済・お金を表し、読書は勉学・道徳・向上心を表す、道徳と経済は両方大切との教訓
3)その姿は身分や所得格差への挑戦を表し、近代化に邁進する日本人の努力像を象徴

・・・明治を金融経済で牽引した澁澤栄一の「片手にソロバン片手に論語」にも通じますね、戦時教育という通過した一時代だけに目くじらを立てる教師、確かにいましたね。あと「軍靴の音が・・・」で有名なA新聞とか。”身分制度にとらわれない”ことで開国日本の四民平等による近代化の下地が江戸末には思想的に準備できていたことは再評価されなければならないと思います。声が大きな少数の人たち(上記ピンクの)、本来は思想的にこうした立身出世物語が大好きそうですが、ゆとり教育を推進してきただけあって、”勤勉な日本人”に繋がることから目を背けたいのかな、と。

・・・たしかにこうした世間話で盛り上がるのは60歳以上の人との場合が多いかな。自分(自社)が生き残るには世間(市場)に奉仕すること、だって世間に活かされているじゃないの。世間が疲弊するから自分の体力も削られるのよ、と。通称、若年寄。たま~に言われます。

zazokin.gif

 金次郎さんがおかれた近況も昨年の今頃には聞いていました。歩きながら読むのは危ないと、落ち着いて坐って読書の像が増えてきているそうで、写真はグーグル画像検索”二宮金次郎”から拝借したもの。仕事をサボって読んでいるようで、意味が半減どころかマイナスのようです。歩きながらケータイを弄っている子供には危ないなあと思いますが、こういう学問が必要とされた時代の精神をこそ教えるものだろうと思います。実際に昭和18年生まれの茶畑に生まれた父(元気)は、厳格な祖父から「農家のセガレに教育はいらん」と言われながら、姉(伯母・故人)の号泣の説得で高校進学が許されたと、最近までそういう社会状況があったということ。高校にまで行かせて貰ってありがたいと。即物的なクレームが出てくる保護者を作ってきたのも戦後教育であるならば、それを教育側が無批判に保護者の声と説得も出来ないのならば、教育って何かね?っと思うわけです。まあ、古いかどうかより、自分がこうだからと強がってはいます。

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