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行って見ないと頭に入らないということか⇒三陸のモアイ情報

モアイ橋 全 館下橋

 先週後半より、浜松市と提携している大船渡へ行ってまいりました。浜松大船渡両市共催の復興支援イベントです。浜松側提携団体として参加。仙台よりレンタカーで三陸道(無料期間が今月末で終わりますね)~45号線。仙台で立ち寄った防災メーカーさんから多大な差し入れを頂戴する。「ところで」と、ルートは東北道からが早く着くのかと聞いたところ、「被災地を励ましに来たんでしょ。三陸道から行かなければ意味が無いよ。」と。南三陸町、陸前高田と目の当たりにしてきました。現地で先に着いたWKT氏以下チームの皆さんにはお待たせして失礼しましたが、ビール1ケース、一の蔵、浦霞を各四合壜一本、Getしてきたことに免じて勘弁してください。

 さて、被災地の現在の様子や現地の方との交流の報告はさておき、南三陸町の旧志津川町エリアで発見。モアイ像がお出迎えの館下橋です。この山を越えると突然、眼前に津波の爪あとが広がる光景でショックを受けますが、ひとまず、「あ、モアイだねえ。」と車を止めて一服。
モアイ橋 碑文 モアイ橋 2 モアイ橋 1
昭和35年のチリ津波から復興したチリ政府との友好の証だったようです。ここより北へ200キロはあるでしょうか、宮古の浄土ヶ浜も被害が大きかったと思いますが、やはり「チリ津波の体験を忘れない」趣旨の石碑があったように記憶しています。帰ってきた矢先に下記の記事を見ましたので本稿を先にUPした次第。

モアイ像を防災シンボルに 南三陸町で高校生奮闘  2012年03月26日 産経ニュース
 
南三陸町の県立志津川高校の生徒らが平成3年にチリから寄贈され、東日本大震災で損壊した巨石遺物モアイ像を「防災のシンボル」にしようと関連グッズの製作などで奮闘している。南三陸町は昭和35年のチリ地震の津波で多くの犠牲者を出すなど被害を受けた。チリのピニェラ大統領は30日に同町を訪問、同校にも立ち寄り、修復か新たな像の寄贈などで像の復元を後押しする意向だ。チリはチリ地震津波から復興を遂げた両国の友好の証しとして、太平洋上のチリ領イースター島にあるモアイ像の複製を同町に寄贈。町内の公園に設置されていたが、震災の津波で損壊、志津川高校が昨年11月にがれきの中にあった頭の部分を〝救出〟し引き取った。
借物モアイ リンク先 同記事より


南三陸町のHPより、モアイ像について


NTTドコモ東北のCMに関する問い合わせに応え、今回も関連写真です。
 そのCMの最初のカットに登場する石像は、南三陸町松原公園内(志津川字汐見町)に設置されたモアイ像です。
 この像は、イースター島にあるモアイ像のレプリカで、本物のモアイと同じ種類のチリ共和国本土の石から、現地の石工が製作し平成3年7月に設置したものです。
 当地方は、昭和35年5月に発生したチリ地震津波で大きな被害を受けました。この地震津波で被災し、復興を遂げた両国の友好のしるしとして、平成2年に当時の駐日チリ共和国大使が来町して町に「友好のメッセージ」を贈りました。これがきっかけで、交流が始まり、モアイ像は平成3年7月に復興と友好の、そして防災のシンボルとして設置されました。
 秋空の光が強く、逆光で見づらいところはご容赦ください。さすがCMでは、モアイ像の姿がきれいに映し出されています。

minamisannriku.gif リンク先より


天真堂ブログ 様より、モアイの豆知識と合わせて被災状況が。写真多数。
4月5日 イースター島(モアイ)発見の日 | 宮城県南三陸町モアイも津波被害 2011年04月05日


で、標題「行って見ないと頭に入らないということか⇒三陸のモアイ情報」とは何かというと、下記のニュースについて、なんでモアイ?と感じる程度で、今回、この橋を見ていなかったとしたら気に止まっていなかったでしょうから。ローカルニュース、行って見ないと理解できないかもしれませんが、旅先ではローカル紙を極力読むように心掛けています。

南三陸町モアイがグッズに…宮城 志津川高生が準備

宮城県南三陸町の県立志津川高校の生徒が、町の防災シンボル「モアイ」をあしらった商品の販売準備に追われている。
 25日オープンの仮設商店街「志津川福興名店街」で販売を始める予定で、収益は町の復興資金に充てる。
 モアイは、チリのイースター島にある謎の巨大石像。チリ政府から1991年、チリ地震津波(1960年)で大きな被害を受けた同町に、友好と復興の印としてモアイのモニュメント(3・5メートル)が贈られた。

 同校の情報ビジネス科3年生8人は23日、モアイの缶バッチの製作やストラップの袋詰め作業に精を出した。缶バッチには、警察官や消防隊員、自衛隊員の姿をしたモアイがプリントされている。復旧支援への感謝の思いを込めた。3年生の阿部裕貴成さん(18)は「南三陸が頑張っていることを伝え、防災シンボルのモアイの存在を広めることで、防災の大切さも訴えたい」と話した。

(2012年2月25日 読売新聞)
※ 2010.04.02追記
チリ大統領「友好のモアイ像贈る」と約束 宮城・南三陸  2012年03月31日土曜日 河北新報
ありがとうございます
宮城県志津川高に保管されているモアイ像の頭部を見るピニェラ大統領

 チリのピニェラ大統領夫妻が30日、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町を訪れた。大統領は被災状況などを視察し、友好の証しとしてモアイ像を贈ることを約束した。大統領は、津波で町職員ら約40人が犠牲になった町防災対策庁舎に献花し、黙とうをささげた。佐藤仁町長が津波の高さなどを説明すると、真剣な表情で耳を傾けた。
 大統領は町中心部を約40分間歩いた後、チリ地震津波(1960年)30周年を記念し、91年にチリから贈られたモアイ像とコンドル像があった広場を訪れた。頭部が流され、高さ10メートル以上のがれきに囲まれたモアイ像を見た大統領は「日本もチリも災害に負けずに勇気と希望を持って前進してきた。友好の証しとして、もっと大きく美しいモアイ像を贈りたい」と話し、「日本がんばれ」と日本語でエールを送った。
 関係者によると、チリ領イースター島で最も大きい高さ5.2メートル、重さ14~16トンのモアイ像とほぼ同じ像が南三陸町に贈られる計画で、4月に制作を始め、10月に町に届くという。大統領は、流されたモアイ像の頭部が保管されている志津川高も訪問。生徒らの歓迎を受け、郷土芸能を鑑賞した。

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