FC2ブログ

関東大震災 こんなところでも余波

修養団震災

修養団全体写真(クリックで拡大)イイ顔をしています。


 

 続 関東大震災 復興より続々になりますが、前回挙げた震災そのものの資料とは別に被災当時の出版事情を。出版間際で原稿他が散逸してしまった事例など、見つけましたので。

 BCP(事業継続計画)とまでは行かなくても、一定の規模の事業者であればイザという時のデータのバックアップなど想定していると思います。当社もお客様に防災計画をアドバイスする立場ですので、中小建設業としては、かなり先んじてBCPの策定に取り組みました。客先施設や財産を守る安心安全の設備を維持管理していますから、電子上のバックアップと最後は紙ベースも重要であると、膨大なファイルの管理に苦心しています。

 まずは、冒頭の写真、文部科学省主管の財団法人修養団(しゅうようだん、略称SYD)  【公式HPはこちら】の研修記録出版から。
 震災の直前にあたる大正12年8月13日より5日間のスケージュール。
日課・・・朝4:30起床~5:00体操・遥拝・静座・朗誦~5:30講義~7:00朝食~8:00講義~12:00昼食~14:00講義~15:30作業~17:00自由時間~18:00夕食~19:00感話~21:30就寝
・・・むむむ、充実しています。
国民体操国民体操の様子(クリック)
 ちなみに↑国民体操ですが、NHKラジオ体操のルーツになっているそうです。

 これだけ充実したイベントでありながらここに挙げた集合写真など、開校式、集合写真、講師の写真、閉校式を合わせて12葉の写真と、冒頭の震災風景写真、計13葉しかありません。最後に「お詫び申します」として、下記が掲げられていますので、まるまる引用します。


 
 お詫申ます
帝都の大震災に就きましては先般一通り葉書にて申上ました様な次第で皆様に御気の毒千万何んとも申上様のない事で相済ません御許し下さい
尚私の印刷屋中村真三郎氏は団員で本所区横綱町2ノ15番地の人で震災の為家族全員焼死致しました次第で気の毒な方であります此の附近には一家全滅の家が幾軒となくあります一家29名32名と大多数の方が焼死した内もあります実に気の毒な惨事です
中村氏の手に依て此の写真帖も出来上る筈で何事もなく写真帖が出来ましたなれば斯る貧弱なな物でなく相当の美本でありましたが今更致し方ありませぬ中村氏へは前金にて注文し材料等も買ひ入れ着手致して居りました事で私としては二度の製作であります其辺何卒御察しの上御許し下さい重々御詫申ます
添付す可き皆様の御名前も私の以て居りました者は中村氏へ廻してありました為焼失致しました本部にもありませぬので残念ながら添付する事が出来ませぬ御了承下さい
 大正12年10月
                東京巣鴨町2丁目○○番地
                修養団写真班 岩本壽三郎

・・・そして冒頭の写真のキャプション、読みにくいと思いますが。
帝都大震火災被服廠跡 三萬五千人の御骨の山(印刷屋団員中村真三郎の御骨も此の中に)

 まずはバックアップどころの状況でなく、今、此の一文に触れても敬虔な気持ちで鎮魂慰霊を思わずにおれません。

成吉思汗
 もう一冊。「成吉思汗ハ源義経也」小谷部全一郎 大正13年11月
下記amazonリンクの種本の一冊、近所で投売りしていたので、手に取りましたが、震災時に印刷中で、再度原稿を修復し出版するまで13ヶ月かかったようです。
 以下、前書きより

 本書は御慶典奉祝の微衷表し  東宮殿下へ奉献の旨意にて大正12年夏 東京秀英舎に於いて印刷中の9月1日の大震火災に遇ひ組版消失し鎮火後庫裡に辛うじて焼亡を免れたる原稿を発見し今般再び之を上梓するに至りしは恰も・・・後略

 との様子です。下記の歴史推理小説も商品説明の通りスリリングで好きでしたが(うろ覚え、10年ほど前に読んだもので)、原著も正史上の終点、奥州平泉を起点に北海道からモンゴルまでの踏査と文献、伝説、風習など様々な角度からのアプローチで大変楽しめました。
成吉思汗の秘密 新装版 (光文社文庫)成吉思汗の秘密 新装版 (光文社文庫)
(2005/04/12)
高木 彬光

商品詳細を見る

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
兄・頼朝に追われ、あっけなく非業の死を遂げた、源義経。一方、成人し、出世するまでの生い立ちは謎に満ちた大陸の英雄・成吉思汗。病床の神津恭介が、義経=成吉思汗という大胆な仮説を証明するべく、一人二役の大トリックに挑む、歴史推理小説の傑作。本編にまつわるエッセイの他、短編「ロンドン塔の判官」を併せて収録。

出版社からのコメント
兄・頼朝に追われ、あっけなく非業の死を遂げた、源義経。一方、成人し、出世するまでの生い立ちは謎に満ちた大陸の英雄・成吉思汗。病床の神津恭介が、義経=成吉思汗という大胆な仮説を証明するべく、一人二役の大トリックに挑む、歴史推理小説の傑作。本編にまつわるエッセイの他、短編「ロンドン塔の判官」を合わせて収録。〈巻末エッセイ・島田荘司〉





震災復興と文化変容」関東大震災(1923年)後の横浜・東京より始めたこのシリーズ、まだまだ続きそうです。


※ ここから余談です。
 随分と総理の読み間違えが(マスコミの一方的な)ブームになってしまい、鬼の首を取ったようなマスコミのはしゃぎ様にうんざりしている方も多いようです。

今上陛下のご成婚五十周年の彌榮を「いやさかえ」と読んだとか、本当に国民を挙げてのお目出度に泥を塗るかのような品性の無い報道がありました。結論から言えば「いやさかえ」と読んだほうが丁寧な古語になり、場に相応しい重厚な読み方です。歌舞伎や神社名など、残るところにしか残っていない、勿論このPCでも変換できません。時代の教育を受けた世代により、その頃の言葉を大切にしている層があることに思いを馳せるべきでしょう。尚、今回の火元は既に記事を削除隠蔽するなど、後味の悪い逃げを打っています。
 明治大正文学に触れた人であれば現代の言葉とはルビや句読点、「てにをは」も使い方が違っていて当たり前と知っていますし、人名など難読の場合は音読みにすると失礼がない、というルールもあります。また、言い換えや読み替えで通じる強調やダブルミーニングなど、言葉を駆使するのが弁舌のプロであり、受け手に求められる洒脱というものでしょう。もっといえば、

天皇陛下 の語が必要であれば、改行の上、段落でなく、文頭から書き始めた時代もあります。今、ここに表現したマナーです。

 都度、戦前戦後の古書から引用している人間として、言葉も分からん馬鹿が煽っているのかと、うそ寒いものを感じます。会話として意味を成しているものを間違っているというのは、殊、言語に関してはナンセンスです。売文を生業にするのであれば言葉と真摯に付き合うべきでしょう。

 え~、余談部分、ここのところ信用できる報道が無くなった気がしませんか。此の辺りを考えると、不勉強とか不見識という感想が頭から離れませんね、もっと人間を肯定する前向きな書き方が出来ないものかと、、、や、終わろうと思っているのにキリが無くてすみません。それではこの辺で。


テーマ : 雑学・情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

素頓亭

Author:素頓亭
スットン亭です。
旅を仕事にしたい今日この頃。

最新コメント
カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブログランキング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード