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最期の龍吐水師

龍生水極改3 ←なんだと思います?いい形(ナリ)です。
龍生水極改2 ←正面?からの偉容。グッと来ます。

 明治記念館にて間違いに気付きました。のエントリで解説した龍吐水(正式には生龍水)の改造タイプのようです。
ryuSEI.gif ←生龍水 明治19年(江戸のスタイル) 
↑随分面白い変化です。金属バットのような突起が付いて、ハンドルがかなり小さくなっていますね。
 製造年月日は記載が無いながら【明治27年±10年】と推定します。理由は後述。【明治19年】とは所有者の購入日付からですが、江戸時代からの伝統的なスタイルです。

 関連エントリ;行ってきました!火消しのお仕事
龍生水極改1 ←消火対象物に向けての雄姿

龍生水極改器械 ← 「器械/極改」 最新テクノロジーです

龍生水極改官許 ← 官許/消防/愛知熱田/龍吐水師/山口?三郎
※伝統的な龍生水(上の小さいサムネイル、明治19年製)の文言
請合/出店・東京・遠州/龍禅寺門前/龍吐水師/東澤治助

 ここまでの情報で解りそうなこと。

① 明治新政府による製造許可の近代化
 表現が「請合」から「官許」になっていますが、明治22年 明治憲法が制定されていますので、明治新政府による許認可に成ったのでしょう。以降、といいますか、昭和23年以降の消防用機器の検定制度は日本消防検定協会の沿革でご確認下さい。

② 「消防」という公用語の発生
 消防という公用語は1894年(明治27年)まで遡れそうです。政府の「消防組規則」(明治27年勅令第15号)による統一。江戸時代までは「火消し」。維新後の組織は幕府時代から踏襲したり、私設義勇軍だったり、地域によりマチマチ。「消防組」「水火防組」「火消組」など呼称も統一性が無かった。封建制から統一された近代国家としてのヤングジャパンの挑戦としても歴史を実感できますね。

③ 職業の発生、職人から企業への過渡期
 龍吐水師(製造者)は、愛知熱田は「神宮」、龍禅寺門前は字の通り、この2例だけでは何ともいえませんが、おそらく神社仏閣のそばが多かったと思います。貴重な文化財を守るという意識は、信心深い当時のほうが強かったかもしれません。明治27年より消火器製造、明治35年創立の消火器メーカー㈱初田製作所も「彼は、単に技術者として優秀なばかりでなく、一方では京都に対する深い愛情を有した人でもあり、京都市内のいたるところにある由緒ある社寺仏閣が火災により灰と帰することにたまらない憤りを感じていました。
それがひいては日本文化の喪失であり、国家的損失であると考え、その想いが胸中熱く燃え上がり、当時としては画期的な日本で最初の「二重瓶消火器」を考案することとなりました。やがて彼は、初代社長となった同郷の友人である初田利兵衛に製造・販売の権利を譲渡し、二重瓶消火器株式会社が誕生することとなります。
(リンク先より引用)」
、自動火災報知設備(火災報知機)も大正年間に皇居を第一号に貴重な施設を守る目的で事業をスタートしています(別途、火災報知機の歴史もエントリ予定)。

 重要文化財建造物の出火原因のエントリでも、炎センサーや放水銃などの緊急防災施設強化事業についてコメントしました。

 尚、「請合」と標した龍吐水師はフルネーム。職人の親方として、技術の確かさと製造責任を明確にしたのでしょう。上の㈱初田製作所さんのサイト参照願います。欧米型経営で消火器製造を開始しています。職人・親方から企業ブランド・製造ラインへの産業革命もあったのですね。ハツタさんの歴史は消火器の歴史であることが良く分かるサイトです。消火器の変遷も写真つきでなかなか面白い。
二重瓶消火器 ←ハツタ二重瓶消火器(明治27年から昭和36規格改正まで現役)

手押しポンプ式 ← 手押しポンプ式 龍生水の後継としてはコチラか。

④ 技術の革新 その1
龍生水極改底部 ←底部の穴の開いた鉄板はなんでしょう?

 この穴、防火水槽(桶)から異物を吸い込まない為の防護網です、多分。現在の消防法でも消火栓やスプリンクラー設備用のポンプは水源からの給水管に異物が咬まないよう、これを保護する規定があります。先取りの職人気質を感じます。

↓ ↓  ↓

消防法施行規則(昭和三十六年自治省令第六号)第十二条第一項第七号ニの規定に基づき、加圧送水装置の基準を次のとおり定める。

加圧送水装置(ポンプ)の基準
第六 付属装置等 の 七 フート弁

フート弁は、次に定めるところによること。
(一) フート弁は、ろ過装置を有するとともに、鎖、ワイヤー等で手動により開閉することができる構造のものであること。
(二) フート弁の弁箱、ろ過装置、弁体及び弁座は、使用圧力に十分耐えることのできる強度及び耐食性を有するものであること。

⑤ 技術の革新 その2
 金属バットのような突起、自転車空気入れと同じ、高圧タンクでしょうか。だとすれば、

高圧タンクにはどういった意味があるのか?とお思いになるかもしれません。高圧タンク無しの場合、ポンプとタイヤが直結された状態になるのでポンピングがダイレクトな感触になります。つまり、ハンドルを押し下げた分だけタイヤに入っていくという感覚なので、自転車程度なら全く問題ないのですが、自動車になると反動が凄くて重くなります。

高圧タンクが付くとワンクッションおいたようなマイルドな感触になります
 TAKAよろず研究所様より

・・・つまり、ハンドルが小さくても軽く操作が出来るのでしょう。すごい。

⑥ 押し寄せる時代の波(と、おそらくの製造年)
 文明開化の革新技術を取り入れるのみでなく、見ての通り、非常に腕が良い。それでも残念ながら、二重瓶消火器の発明と、後継手押しポンプ式消火器の安価なコストで、いわゆる職人仕事ではニーズに追いつけなかったのだと思います。
 「官許」の用語はおそらく明治憲法(明治22)以降
 「消防」という公用語は明治27年、二重瓶消火器の発明も明治27年
 時代の要請は「富国強兵」のインフラ整備や産業革命。
 ハツタさんの二重瓶消火器発明・商品化(M27)から創立(M35)までが8年間、以降が消火器生産ラインの本格化とするならば・・・・

 【龍生水 極改】の製品寿命M27~M35までの8年間だったのではなかろうか。

 最期に、はからずも龍吐水師の最期を看取ってしまった感じがしています。が、江戸の華の町火消しから、随分寿命が長かった(享保年間1716~36あるいは宝暦4・1754年にはオランダから伝わったとされる)ので、明治27・1894の最短で考えても150年前後は活躍していたわけです。それだけに最期の8年間(勝手に確定)の技術革新はまぶしい。こうしてみると、器械/極改の刻印も味わい深いものです。

 買う事が夢だった、あって当たり前だった製品やサービスも消えてしまうと思い出せません。FAXにEメール機能が付いた商品って、有りませんでしたっけ?あるいは、テレビデオか?地デジのような国策と次のメディア産業は?ハイブリットカーは、従来の整備士では車検が出来ないと聞いたこともあります。考えてみると時代に捨てられないようにするのも中々大変です。



※御詫び ← 修正できました4/15
どんな拍子からか、原稿上の何処かのシステムで、「つづきを読む」以降の後段が全文、アンダーラインの規制になっているようです。ちょっと調べきれず、大変読みにくいと思いますがご容赦下さい。

テーマ : 工芸
ジャンル : 学問・文化・芸術

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