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北茨城で学ぶ、震災の現場と将来対応 】 一年前の続き

六角堂遠景
六角堂 五浦観光ホテル別館 大観荘 より

茨城の各方面に御礼 】まずは水戸 2012-07-11 。。。
この記事からあっという間に一年。各方面はとは、水戸の用事のあとに伺った北茨城。被災地の視察です。
この視察は某メーカー代理店の二世会。筆者、会長職を仰せつかっておりまして。なぜ一年も経って今ごろ書いているかというと、もうすぐ今年度の視察行事があるので、ああ書き忘れていたと汗をかいているわけです。なお視察予定場所は、日本産業近代化のシンボルである 富岡製糸場。こちらも行った暁にはレポートしなければ。

隠れた被災地・茨城県の“いま”
橋本昌知事が語る原発被害の根深さと復興への決意

ダイヤモンドオンライン ポスト3.11の論点 日本と日本人の選択肢 【第18回】 2011年6月7日
岩手、宮城、福島の東北3県の陰に隠れて、目立たない存在ながら、実は北関東の茨城県も被害が兆円単位に及ぶ。地震による被害が最も大きかった北茨城市、津波に襲われた大洗町をはじめ、被災地の住民は終わらない余震に不安を募らせている。橋本昌知事に話を聞くと、被害の広がりには驚きを禁じ得ない。特に、収束時期すら判然としない原発事故被害の根は深い。そうした困難な状況にあって、ベテラン知事が、復興に取り組む茨城県の姿勢と、国に対する要望を忌憚なく語った。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン客員論説委員 原英次郎)

東北3県に次ぐ影響の大きさ
被害額は2.5兆円に達する
 という見出し。震災後3か月ですね。導入部以降は有料です。


宿泊地は茨城県の中で最も津波の被害が大きかった北茨城市。
六角堂から大観荘
五浦観光ホテル 別館 大観荘 2012.7月
 当日は総会~懇親会~部屋飲みの2次会
翌朝から、ホテル総支配人さんによる被災当日から復旧、復興についてのホテルの対応についてレクチャー。そして自らマイクロバスに同乗して被災地をご案内いただきました。
 まずはホテルの状況。
上の写真ですが、海に面した一階の大展望浴場が被災。16か月経った宿泊日も利用不可(現在復旧)。
「お湯がなみなみと湛えられた浴槽が波に洗われてお湯が無くなっていた。引き波のためか。不思議な感じがした。」昨平成24年中にはリニューアルされたようです。おめでとうございます。

ホテル側が用意してくれたレジュメにそってプロジェクターで。
1)北茨城市の地勢の説明
2)東日本大震災による被災状況のデータ
3)茨城大学東日本大震災調査団による六角堂の流失調査 (五浦美術文化研究所内の津波被害)
4)五浦観光ホテル㈱ 被災から復興に向けての取り組み

うち3)六角堂については登録文化財の流失から復興プロジェクトという大きなテーマなので別稿で取り上げます。

現地案内
ホテルの隣地、六角堂~大津港~国道6号から勿来の関の観光ガイドも聞きながら~福島県いわき市の小名浜魚市場まで、広範囲を午前中いっぱい楽しい話芸でご案内いただきました。

3月11日14:46 震災発生

お客様対応
・地震・津波によりライフライン・施設は大きく破壊されたが人的被害なし
・震災時の利用客は30人。外部への交通手段がなく帰宅できず、ライフラインの断たれた
 ロビーで従業員とともに不安な夜を過ごす。
・明くる12日
 JR旅客は社用車で迂回路を水戸市内まで
 自家用車のお客様は各方面幹線道路まで先導する。 皆様無事帰宅の連絡を頂く。
・客先を送り出した後、館内被災状況の調査
 ライフライン復旧までの休業を決定
 施設は営業しながらの復旧が可能であったが、
 福島第一原発の事故があり、キャンセルが相次ぎ開店休業に。
・災害と同時に地域の情報を取ったところ、多くの方々が学校に避難していることがわかり、
 食糧に不自由していることが判明。1日2000食分の炊き出しを2日間行い、
 公的機関の体制がとれる間をつないだ。(旅館業の強み)

従業員の取扱
・震災前 正社員106名 パート17名 派遣39名 アルバイト27名 計189名が勤務
 開店休業状態の中、処遇を検討。業界情報では全員解雇が多いという話も。
 派遣、バイトの雇い止めは致し方ないが、
 正社員・パートのうち60歳未満のものは雇用継続・自宅待機
 ※「企業は人なり」社員は人件費を借入調達してでも、それに余りある企業の宝
・旅館は具体的・物理的な合理化ができにくい、人材が資本。営業再開の即戦力
・地域に生きる企業として、従業員の家族を含み、地域に対するあらゆる面での責任と影響がある。
・旅館業は長時間サービス、従業員の身分保障が仕事を通じて顧客に伝わり、居心地の良さに繋がる。
 従業員と会社の絆が強くなり従業員によって顧客創出やリピーターに期待する。

今後の展開(自力復興)
・被災地であることをハンデキャップととらえず、時流にかなった企画立案。話題と価値を創造。
 ※旅行業界調査で、茨城の古風な気質でしょうか、県の魅力度3年連続最下位だそうで、地域ぐるみで
  行ってみたいと思わせる地域づくりを。

震災で教えられたこと
 経験あるいは訓練に裏打ちされた「決断力」が生死を分けることがあるということ
ある中学生の言葉「苦境にあって、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きて行く事が私たちの使命」
印象に強く残ったそうです。

地震津波火災 災害予防対策
・施設そのものと岩盤の堅牢性は設計士の耐震調査で現状で問題なしの評価。
・避難場所の指定、法に基づく避難経路(2方向避難)、適法な設備で年2回の避難訓練
・建物、設備点検は法定通りに実施、防火優良認定対象建物。

災害発生時対策
・組織 自衛消防を司式しており地震等の災害時においても準用
・発生時
 発生と同時に従業員はあらかじめ決められた階層に。本部指令により避難誘導。
 特に夜間は専属警備が2名、常時巡回。
 通常は玄関前駐車場広場が避難場所。建物崩壊等の規模では従業員の誘導で内陸部高台に誘導。
 徒歩約10分で海抜40mの社有の避難広場に。
 ※ 今般の発生時には、全員持ち場に着くも、連絡方法が途絶え、本部と連絡が取れない反省点があった。
  対処は的確であったが、従業員本人も心細い思いをした。

現地 大津漁港の様子
大津漁港
大津漁港2
その他、住宅エリア等の状況も見てきましたが、三陸エリアと変わらず大きな爪痕でした。総支配人さまより、この辺りの住民は視察を快く思わない人もいるそうなので撮影は控えています。
 小名浜魚市場ですが、当時の野田総理の初めての視察と重なったそうで、ものものしい雰囲気。機動隊等、セキュリティが万全でしたが右翼団体が市場に乗り込もうとする黒塗りのマイクロバスをパトカーが前後より挟み込んでブロックする、刑事ドラマみたいな光景はお得な感じがしました。

風船爆弾
五浦観光ホテルさまの所有地ですが、大東亜戦争(太平洋戦争)にてジェット気流に乗せてアメリカ本土を爆撃した風船爆弾、『ふ』号作戦の発射台がありまして、陸軍第三大隊側の犠牲者(自爆)と米側犠牲者ともどもお祀りする慰霊碑にも手を合わせてきました。


前日 お世話になった水戸を中心とした被災地レポート
【被災地を行く 500キロの旅】大声では言えない「茨城も被災地」(3/10) 日経食べB 2012年3月12日

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