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函館 テーマ③ 函館山の記念碑・史跡

函館山頂
紅葉が燃えるような、でしたよ。函館山頂。御殿山第2砲台より望む。

箱館山 伊能忠敬 山頂に伊能忠敬測量地のレリーフ

箱館山 基準点 と、国土地理院の基準点

箱館山ブラキストン 英人鳥類学者 ブラキストンの碑

津軽海峡を境に本土と北海道の生態系の分布の違いを明らかにしたので、海峡をブラキストン・ラインと呼ぶらしい。不得意分野。

箱館山RW下 函館山ロープウェイ
こういうメカメカしい建造物。好きです。

ふもとの側では近現代化のあれこれが。それこそ一帯が函館市認定の伝統的建築物群(大好物)になっていますので別稿で。



函館配水場
元町配水場管理事務所 明治22年 日本最古の配水池。現役。
 
函館JOJO 函館JOJOJO
NHK函館放送局誕生の地 碑文

放送記念碑 JOVK NHK函館放送局誕生の地

 NHK函館放送局は昭和七年三月六日午前六時三十分「JOVK,こちら函館放送局」のアナウンスで,この場所からラジオ放送を開始した。
 VKのコールサインは市民にとって親しい響となり,出船入船の多い巴の港から望む放送塔は函館の目印で,「函館山と背比べ  放送塔のアンテナさん  キリンが首を振るように  皆さんお元気今晩は」と放送の「子供の時間」にも歌われ親しまれた。
 爾来,VKさんといわれて半世紀の時を刻んだ。
 その間,昭和九年の函館大火にも類失を免れ,大戦中も戦後の混乱期も一日も休まず放送電波を送り続けた。昭和三十二年四月一日テレビジョン放送を開始,そして昭和四十二年三月,千歳町に移転するまでの三十五年間市内有数の美しい景観と眺望に恵まれ,多くの市民が坂を登って放送局を訪れた。
 昭和五十七年,開局五十周年を記念して,VK発祥の地のこの場所に碑を建て,永くその誕生を記念しようとの声が起こり多くの市民の基金を得,折原久左エ門氏をわずらわし,今,建立の運びとなったことは喜びにたえないところである。
        昭和六十年十一月九日  VK懇話会代表  秦 良平 記 

箱館山RW上
で、函館山頂の展望台からロープウェイ。我々一行はレンタカーですが。

山頂からちょっと降りて脇道へ。御殿山第二砲台。要塞です。明治31~35年 陸軍省。
函館要塞技術

函館要塞当時

函館要塞砲台 これが3か所、連なって

函館要塞伝声管 隣りとは伝声管でしょうか。貫通。

函館要塞砲弾庫 地下の砲弾庫は危険箇所

 フランス人の軍事顧問の助言による。日露戦争では津軽海峡において露艦隊による船舶被害が多く、砲弾は届かないまでも”砲台がある”ことで函館港に攻め込まれることはなかった。大正時代にアメリカを仮想敵国として津軽要塞へと再整備。海空からの函館・青森両港の防備と津軽海峡の敵艦通過阻止を目的とするが、戦闘機相手に実践では役に立たず、函館も空襲に見舞われる。

以上、次稿より建物ウォッチング。

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