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芦屋までは(期間内には)行けないだろうが

asiya-001.gif ハナヤ勘兵衛 「ナンデェ!!」

1937(昭和12)年 ゼラチンシルバー・プリント  芦屋市立美術博物館蔵 、の絵葉書。同所ミュージアムショップにて。

 目黒寄生虫館について思い出したところで、上掲を ああそういえば と引っ張り出しまして。芦屋市立美術館で見つけたもの。展示品でなく、ショップの絵葉書コーナーから。見つけた時には大層驚いて、これまでの企画展出版物に作品集があったようなのですが、絶版品切れのようで、しょうがない、古書店でも回るかというまま、探し物リストから漏れていました。

 同館には 消防士の観察眼;阪神淡路大震災の537枚 のためでしたが。

 平成7年1月に起きた阪神大震災の被災状況を克明に記録した元消防士による537枚もの写真が、兵庫県芦屋市立美術博物館に届けられた。震災直後、神戸市や芦屋市などの被災地を丹念に歩いて撮影した写真ばかり。そこには消防士としての鋭い視点がにじむ。死後、写真を預かっていた後輩の機転で日の目を見ることになった“あのときの記憶”は、震災15周年を機に来年1月から同館で開かれる「わたしと震災」展で公開される。

株式会社 ハナヤ勘兵衛 写真スタジオとして4代目さんが頑張っておられるようです。 創始者 ハナヤ勘兵衛の特設ページで16枚ほど先鋭的な作品を見ることが出来ました。

芦屋市立美術館、ホームページを見たら、 企画展 具体、海を渡る 2014.7/5~9/7
開催趣旨は、著作権の関係か、美術館告知ページをコピーできませんので、リンク先を直接参照願います。

代わりに、毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回7月15日更新予定) ART SCAPE より
具体美術協会 Gutai
1954年、戦前から関西における前衛のパイオニアとして活躍していた吉原治良をリーダーに、彼に作品の批評を受けていた若い作家たちによって結成されたグループ。結成メンバーは17名、最終的に約60名が参加した。会名は「精神が自由であることを具体的に提示」(『具体』創刊号)するという理念に由来。結成翌年、新制作派協会で「0会」を作っていた白髪一雄、村上三郎、金山明、田中敦子、嶋本昭三らが加入して先鋭化を深め、描画方法を間接化した絵画(白髪の足で描く絵画、絵具を投げつける嶋本の「投擲絵画」)、パフォーマンス(紙を突き破る村上、半裸で泥の中で悶える白髪)、音や光、煙といった非物質的メディアの使用(舞台美術、田中の「電気服」)、体験型作品など、特に初期のラディカルな活動で知られる。50年代後半からはミシェル・タピエとの交流によりアンフォルメルの代表的グループと見なされ、海外進出を果たす。これにしたがって絵画が活動の中心になり出すが、66年にアラン・カプローから初期の活動をハプニングの先駆として評価される。55年から65年まで12冊発行された機関誌『具体』がいずれも(部分的ながら)バイリンガルであったことにも現われている通り、そもそもこのグループは結成当初から世界を視野に入れていた。児童詩誌『きりん』への寄稿や児童美術公募展の審査員をつとめるなどの児童美術との積極的交流や、メンバーの展示を含む現代美術を紹介する施設「グタイピナコテカ」の設立なども独自の活動として注目されよう。日本万国博覧会への参加をピークに終息に向かい、72年の吉原の死を機に解散。80年代中頃に国内外で回顧展が開催され再評価の機運が高まり、現在ではもの派と並んで日本の現代美術を代表する国際的動向に位置づけられている。

具体美術協会についても、訪問時に何やらの常設展かな、見てきていたので。芦屋に進取と前衛の気風という海外発信集団がいたんですね。これを見に行きたいが、決算に向けての2か月かあ。キビシイね。
 おっと貼り忘れ 7/7
古写真は味があるねえ、というだけじゃない、実験の成果だったことも理解できますね。
asiya-002.gif
中山岩太 「黒い扇」中山正子像 1926~27 ゼラチンシルバープリント 同売店で

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