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ローカルの建築物 その後

森岡の家耐震2015.01.14-001 中日新聞 2015.01.14(だったと思います)

 ちょっと古い記事からで恐縮。昨年の秋に さよなら森岡の家 浜松市はまたまた文化財を破壊する をUPしまして、建築士会さんによる『さようなら「森岡の家」見学会・シンポジウムのご案内 』の活動などご紹介していたのですが、もともと地権者から寄贈がなされた旧浜北市への「寄贈者としての要望」が”発見”されたり、今回解体に関わる事前調査報告書を「無かった事」にされていたことが発覚して怒り心頭の建築家から愚痴(失礼)を伺ったり、記事の赤線にある通り「耐震基準が意図的」だったりという話題を地元として聞いておりまして。聴いている範囲では、残すための調査ではなく、壊すためのねじ込みだったことがよくわかるのですが、ちょっと感情的にこじれてしまったようで。浜松の人は良くも悪くも直球でゴリゴリ行くので、どちらの立場も引かない感じにドキドキしておりました。

2015.02.25付 建通新聞 静岡県西部版で、「活人剣再建PJに事業費 可睡斎へ15年度 袋井市」とでていました。活人剣碑-001 記録は大事 】 可睡斎護国塔と活人剣より

 日清戦争ゆかりの 軍医のサーベル を模した 講和の記念碑です。先の戦争で金属の供出と相成ったわけですが、15年度は台座および周辺整備の上、9月末には立剣式だそうで。伊東忠太の護国塔百年記念事業から継続・派生のイベント。やはり郷土史家とともに建築士会の先生がご尽力。

浜松にも戦時供出したままの不在の秋葉山一の鳥居がありますね。

 代々木競技場や広島ピースセンター、静岡県人には静岡新聞新橋ビル(本社ビルも)の設計で知られる丹下健三。先日一杯やった知人(重鎮)より、丹下文化財の保存と”使い勝手”など楽しいお話を聞きました。丹下事務所のご子息もリニューアル依頼があれば最新の使い勝手と耐震性能を提案したいが、やはり氏の名作の特色や風合いを残したいという要望に、ライン設定が大変だとか。

TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三
(2015/01/23)
豊川 斎赫

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 内容紹介
1949年~1959年の10年間にわたり、丹下健三氏ご本人が撮影した写真(コンタクトシート)を原寸大でまとめる。無類のカメラ好きだった丹下氏が、自身の作品や渡航先での様子、桂離宮などを訪れた際に撮影した記録から何が見えるのか。当時の丹下氏の言説や対談録なども収録する。 戦後から4年がたち、日本が少しずつ復興を遂げつつある1949年から高度成長時代を迎えようとしていた59年までの10年間、世界的建築家の階段を上り始めた丹下健三氏がカメラを通してみていたものとはなにか・・・・・・。 コンタクトシートは、これまでご遺族の下で大切に保管されてきた貴重な丹下健三氏の資料であり、これまで未公開のものである。


 ご遺族やオフィスのエピソードを伺ったタイミングで本書を見てね。戦後からモダンになっていく時期の建築物が再評価されて久しい昨今。最近、壊しすぎじゃないかい?というエントリでは はまホール解体 についてUPしていますが、今年は風邪をひいてしまって 建国記念式典を失礼してしまったので、会場の はまホール に行けませんでした。こちらも年末に「解体ストップ」の記事があったのでひとまずほっとしていますが、「ご理解を頂き推移を」と、壊す方針であることは変わりないようなので。
各地で大切に保存・活用されている公会堂のご紹介もしましたが、「有名建築のその後」という書籍があるようで、参考書として買ってみます(実費)。

有名建築 その後有名建築 その後
(2009/06/25)
日経アーキテクチュア

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