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お疲れ様、頭が下がります これも震災復興。

地震で谷に転落のバス、当時の乗客らが撤去作業  読売5月16日

 昨年6月の岩手・宮城内陸地震で、岩手県奥州市の谷に転落したままになっているバスを解体・撤去しようと、当時、乗っていた市民グループが16日朝、作業を始めた。

 地震発生時、「胆沢ダム水資源のブナ原生林を守る会」(近藤有慶会長)の会員19人が、自然観察のため、バスで近くの山に向かっていたが、土砂崩れに襲われて横転、転落、8人が重軽傷を負った。

 同会は、山林内に不法投棄されたごみの撤去も行っており、会員から「自分たちが乗っていたバスを山中に放置しておくのは心苦しい」との声が上がり、撤去することになった。

 この日は、会員ら11人が急斜面の木々を伝って約50メートル下の谷まで下り、座席を取り外し、エンジンカッターで車体の解体に取り組んだ。事故後、初めて現場に来たという同会の小野寺正英事務局長(65)はバスが命を救ってくれたという感謝の気持ちで車体を撤去し、山もきれいにしたい」と話していた。

 7月中旬には撤去を完了する見込み。

以上引用終わり リンク先に写真あり



 早いものでもう11ヶ月、一年が経とうとしています。記事中の件も当時の象徴的なエピソードであったと思います。
 節目ということもあると思います。下記、避難解除や事業再開に関わる一連の記事もリンクしておきます。

栗原市、20日避難解除の方針 発生から11ヵ月ぶり 5月14日6時12分配信 河北新報

岩手・宮城内陸地震で宮城県栗原市は13日、同市栗駒、花山両地区などに発令している避難指示・勧告の大部分を、20日に解除する方針を固めた。14日の大規模避難訓練を経て同日の災害対策本部会議で正式に決定する。安全が確認された世帯が対象となり、全体の8割程度に上る見込み。現在、避難住民は日中のみ一時帰宅が認められているが、自宅で昼夜を過ごせるのは、昨年6月の地震発生から11カ月ぶりとなる。
          ・・・・中略・・・・
 花山地区に関して栗原市は当初、迫川上流にある大規模な湯浜土砂ダムの仮排水工事に着手した後に解除する方針だった。しかし、宮城県が作成した洪水シミュレーションで、同地区浅布などはダム決壊や大雨の影響が少ないとされ、市は安全が確保できると判断した。さらに、これまで実施した住民の避難訓練により、早期の警報発令と避難誘導で、仮に土砂ダムが決壊した場合でも危険を回避できるとみている。

 ただ、花山地区では自宅の修理が完了していなかったり、高齢のため戻るのが困難だったりする住民も多く、指示・勧告が解除された後も実際に自宅へ戻れる世帯は限られそうだ。市は既存の支援施策に加え、定住に向けた環境整備についても検討する。

後略、引用終わり




田起こし一苦労 震災復旧で敷石地表に 栗原 5月10日12時38分配信 河北新報
 宮城県栗原市栗駒文字の一部地区でこの春、耕している水田から岩がごろごろと現れる「異変」が起きた。岩手・宮城内陸地震で陥没した水田をならして修復する際、土を掘ったために地中の岩が表面近くまで上がってきたとみられる。農家は岩を取り除きながらの重苦しい農作業を強いられた。
   ・・・中略・・・
 石が出てくる理由について、菅原さんは「30年ほど前に地区で圃場整備があり、山間地なので石を敷いて盛り土した。ある程度の岩が出てくるとは思った」と説明する。しかし被害の大きさには「ここまでたくさん出てくるとは思わなかった」と戸惑いを隠さない。

 陥没の大きさや水田の広さで差はあるが、被害があった農家は田植えが始まる前、土地を平らにする復旧工事に多額の費用をかけた。「30センチほど陥没している水田もあった」(菅原さん)といい、隣の荒砥沢地区でも同様の被害がみられたという。

 栗原市による被災者支援策の農地復旧助成を利用した農家もあるが、補助は水田1カ所当たり6万5000円を上限に、費用の2分の1にとどまった。

 震災の余波で、農家は水田復旧による出費と岩の出現という二重の苦難に見舞われた格好だ。菅原さんは「米価が下落している中、多額の支出は農家にとって厳しい」と声を落とした。

 以上 引用終わり




【特報 追う】震災の秘湯に新たな春 4月30日7時55分配信 産経新聞

■須川高原温泉、交通網の完全復旧願い営業再開

 岩手・秋田県境にあり、昨年6月の岩手・宮城内陸地震の震源地に近い須川高原温泉(岩手県一関市厳美町)が28日、半年ぶりに営業を再開した。例年ならゴールデンウイークを目前に控え、平日でも大勢の行楽客や温泉客でにぎわいをみせるが、地震の影響で秘湯に通じるのは秋田県側の国道 342号だけとあって、訪れる人はまばら。やや寂しい幕開けとなった。それでも新人を含めた従業員たちは、交通アクセス網の早期回復を願いながら笑顔で来客を迎えていた。
    ・・・中略・・・
冬季は6、7メートルの積雪に覆われる豪雪地帯。通行止めと合わせて同温泉も毎年11月から翌年春まで営業停止を余儀なくされているだけに、再開に向けた準備作業は並大抵ではない。

 今年も3月27日に小岩さんら先発隊が作業に着手、今月3日からは20人以上の従業員が泊まり込みで、除雪をはじめ、雪囲いを外したり、雪の重みで傷んだ室内の修繕などを行い、オープンにこぎ着けたという。

 ただ、小岩さんが頭を悩ませるのは自慢の屋内大浴場。露天風呂に異常はなかったが、大浴場は地震の影響で損傷が激しく全く使用できない状態。このため、隣接している大広間とともに場所を移して建て替えを進めているが、小岩さんは「温泉客に人気の高い施設だけに、なんとか10月の紅葉時期に間に合わせたい」と力を込める。
   ・・・中略・・・
また、最盛期に64人いた従業員も46人に減少した。「(地震後に)交通の便が悪くなったことで、若者を中心に退職者が相次いだ」(佐藤部長)ためという。

 そんな中、高卒の女性新人4人が今春入社するなど明るい話題もある。フロントに配属された武田貞子さん(18)=一関市=は「高校1年のとき、この温泉に来て好きになりました」、同じく伊勢真由美さん(18)=同=も「地元で親が安心するのでここに決めました」と笑顔で話す。

 「お客さんにたくさん来てほしい。そのためにも道路が早く開通してほしい」。それが彼女たちの共通の願いだ。

                   ◇

 ■須川高原温泉への交通アクセス状況

 国道342号は岩手側が全面通行止め。開通は早くて平成23年春と見込まれている。岩手県奥州市から秋田県に通じる国道 397号は5月11日に開通予定。また、秋田側の国道 342号と国道 398号を結ぶ「栗駒道路」は5月22日に開通の見通し。 398号は秋田・宮城県境付近で全面通行止めとなっている。
 以上 引用終わり




今週後半に捜索再開 旅館周辺を重機で掘削 栗原5月17日6時13分配信 河北新報

 宮城県栗原市と県警は16日までに、岩手・宮城内陸地震で土石流にのみ込まれた栗原市栗駒耕英地区の旅館「駒の湯温泉」跡で、行方不明になっている従業員2人の捜索を今週後半に再開する方針を固めた。避難指示・勧告を20日に解除した後、早ければ翌21日にも着手するとみられる。昨年7月の打ち切りから10カ月ぶりの捜索となる。

 駒の湯温泉では宿泊客ら5人が死亡。従業員でともに栗原市の佐藤幸雄さんと高橋恵子さんの行方が分からないままになっている。

 現場では宮城県が4月27日、水抜きのための排水路の設置工事に着手。工事は急ピッチで進み、予定より約1週間早い5月12日に完成した。

 栗原市は、現場の状況などから捜索の再開は可能と判断。行方不明者の家族の気持ちを酌み、避難解除から時間を置かずに着手する方針を決めたとみられる。

 現場では、県警を中心に捜索個所を調査した後、旅館があった場所を中心に重機で捜索する。湿地でも沈みにくいバックホーを使うが、土砂が厚く積もっているため、難航も予想される。

 排水工事では本排水路3本と支線2本を設置した。宮城県防災砂防課は「ポンプでの排水が容易になり、5メートルほどは掘り下げることが可能ではないか」と見ている。

 栗原市は、同市花山の「白糸の滝」つり橋付近で行方不明になった仙台市泉区の夫婦についても、早期の捜索再開を目指す。現場までの作業用道路を造成中で、完成し次第、土砂ダム決壊に備えた避難場所を確保するなどの安全対策を講じ、捜索を再開する考えだ。

 栗原市内では、このほかに行方不明者が6人いるとされている。市などは復旧工事の際に現場を注意深く観察するなどして、発見に努める。

 以上引用おわり。 


 この記事が今回の更新で一番お伝えしたい内容ですが、とても重要な内容だと思います。一部抜粋により印象が損なわれてもいけませんので全文引用させていただきました。

 そんなわけで本稿は引用だけで長くなりましたので、関連エントリ「震災復興と文化変容」関東大震災(1923年)後の横浜・東京3/17付けで、宮城の取引先工場の震災見舞い、震災復興の考え方をレポートしています。ご興味の方はそちらも参照してみてください。

 一年、我々がニュースを忘れるには十分すぎる期間ですが、現地の方は必死の、且つこれからも続く道程です。上記の幾つかの続報の断片で、居住に関する営み、事業継続の困難、地域復興に危険を伴う行政と建設業の貢献。「忘れた頃にやってくる」のではなく、継続されている努力を我々が忘れないように注目していかなければならない、という教訓のようにも感じる追跡記事であり、復興への日常でした。

 先日のエントリで神戸に行った話をしました。ポートアイランドの大手得意先施設の敷地、よく手入れされていますが、阪神淡路の震災を経過し、やはり液状化による地盤のインターロッキングの隆起など、端々に痕跡が残っております。2年ほど前には繁華街の裏通りに手付かずになった雑居ビルがあると聞きましたが、その後どうなっているでしょう。地震や台風、風水害の多いこの国にあり、また飢饉や世界恐慌なども乗り越えられて我々の現在があります。未曾有の、100年に一度の、といわれながら、我々もこの国を後世に伝えていくべき責任があり、100年に一度言われれば誰も経験していないのだから、知恵を使って汗をかくしかないのだと思います。これらの紹介記事に見られるとおり、地域とは、企業とは、防災行政とはそんなにやわなものではありません。同じく、経済状況についても我々は「あの時は頑張ったよなあ」と笑って振り返ることができると思います。さて、明日も仕事です。おやすみなさい。



 

テーマ : 社会
ジャンル : 政治・経済

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