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関東大震災 慰霊堂の設計コンペ 1/3

復興記念0
東京都立横網町公園 震災、戦災の記憶

伊東忠太特集号 出たね 2012-11-08 で特集した 伊東忠太による 東京都慰霊堂ならびに復興記念館 がある公園です。東京市復興記念ヱハガキ 】 関東大震災から90年 2013-09-02 では当時の復興事業(予算執行)とともに、当時の姿と現在をほぼ同じアンjグルでUPしました。

震災記念建造物-036 大正大震災記念建造物 競技設計図集 大正14年

”東京震災記念事業協会 編”です。先日、京都!の古本屋さんで入手。設計コンペの優秀策をまとめて発行。力作というか、建造の趣旨が趣旨だけに、一様に肩に力が入っています。下は1等作品です。

震災記念建造物-035 震災記念建造物-033 
一等当選 東京 前田健二郎 氏

震災記念建造物-034 敷地は作品すべて同じ条件

震災記念建造物-032  震災記念建造物-031

以上、3枚ほど割愛しましたが、1等作品。尚、この設計コンペは慰霊堂計画が一旦 白紙になり、幻の設計図集になっています。設計図集発行に当たって、応募者心得、募集規定(仕様)、賞金などルールも発表されていますが、審査員の中に「工学博士 伊東忠太」がいますので、あれ?と思い。勿論、このコンペ集には忠太作品は含まれません。

コンペ当初はあくまで慰霊目的。”復興”の趣旨は含まれていなかった。
当時の識者から「被災の中心に納骨堂と慰霊施設では復興の気がそがれる」など批判が。
⇒ ここで一旦 白紙

復興のためにも後世の防災教育のためにも震災遺物の展示場は必要ではないか
⇒ 改めて 伊東忠太博士に依頼する

詳細は、「震災の記憶」の変遷と展示 ~復興記念館および東京都慰霊堂収蔵・関東大震災関連資料を中心に~ の論文を。

小出しにコソコソと書くことが有りますが、一度決まった予算を止めて景気を悪くする人が、うぐ、やはり調子が良くない。もう昔のことなので書いてしまいますが、バブルが弾けて最後の望みのような扱いだったようなきがします、世界都市博が東京都知事が替わり急ブレーキ。当時、建設業に関わるひとの阿鼻叫喚はすごかったなあ。思い出です。

東京都復興記念館の保存に関する要望書 1997年3月24日  
東京都知事 青島 幸男 殿 / 社団法人 日本建築学会  会長  尾島 俊雄 

。。。こんな要望書も見つけました。

まあ、2等以下の作品も稿を改めてUPしていきます。
震災記念建造物-030 これは2等作品

その前に、現在の東京都立横網町公園の様子を 

復興記念2 東京大空襲の遺構


復興記念1 鉄やコンクリだけでなく神社の石造物も

復興記念4

復興記念3

復興記念7
復興記念8
復興記念9

復興記念5 復興記念10

復興記念11
復興記念12 参拝受付 線香生花などこちらで

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