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豊明市(愛知) 国道1号 桶狭間古戦場が面白かった。

浜松から名古屋の行き帰り(時間のゆとりがある方)は下道も色々な経路で。豊明市辺りは都市高速など発達しているからか国道1号線も貧弱。ガソリンスタンドも手書きの領収書のかなり狭い個人経営(老夫婦)。先日寄ってみたが、近所のじいさんがポリタンクで灯油を買いに。価格を見て下さい、窓ふき等いっさいのサービスをいたしませんの張り紙。潔い。中京競馬場のあたりで浜松に向かうと、右手の小高い丘にニョキッとお寺の大建築が出てきて、すぐの信号で重厚な時計台のある建築物。交差点からは桶狭間古戦場の案内看板も出ていまして、一度このあたりを散策したいと思っていましたが、ついに昨年、一昨年かな、ちょっと歩けました。建築、歴史、怪奇と好きなものがギュッと固まっていまして、楽しいエリアでした。



豊明 1 これが見えて、

豊明 2 すぐにこれ。

お寺さんは真言宗 香華山 高徳院 、巨大な塔は納骨堂。重厚な時計塔は 医療法人静心会 桶狭間病院 藤田こころのケアセンターという施設の一部にして、旧学校法人 藤田学園本部だそうです。沿革を見ますと設立が医療法人として昭和33年、学校法人として同387という事ですので、定礎等は確認できませんでしたが、それ以降の建築なのでしょう。

尚、お寺さんは本堂改修中にして葬儀も控えていた様子、病院施設の方は中を覗いてみると稼働中にて皆さん忙しそうでしたので、今回はどなたにも話しかけられず。

これらと公園として整備されている桶狭間古戦場とは3点セットで隣接しています。まずはお寺さんに駐車させてもらって参拝から。

高徳院さんと古戦場はセットのようなものなので、まとめて。

お地蔵さんは楽しい顔や可愛い佇まいなど、ちょいちょい撮っているのだが、
豊明 地蔵2 豊明 地蔵3

豊明 地蔵4 豊明 地蔵1
ああ、こういうおっさん知ってる、とか首のギブスで凄味がでるとかね。

で、古戦場の案内サインに「お化け地蔵」とありましたので。

豊明 お化け地蔵1豊明 お化け地蔵3
豊明 お化け地蔵2 お化け地蔵 嘉永6(1853) by尾張藩士

錫杖がわりに木の枝を持たせてもらっています。

お化け地蔵は、夜中に動き出して里人を脅かすとか思いましたが、幽霊の噂が絶えないので善意の尾張藩士が建立し、以後はでなくなったそうな。ちと残念。古戦場⇒幽霊話⇒鎮魂・浄化は、浜松は三方原合戦・布橋の遠州大念仏の始まりと同じ趣旨ですな。


豊明 墓 今川義元 今川義元 明治9年
古戦場公園に今川義元の墓。もとは塚であったそうだが明治9年に土豪?有松の山口正義が墓として建立。
松平元康のちの徳川家康の人質時代のピリオドにして今川勢の負け戦でもある桶狭間の合戦。神君家康公への遠慮なのか、江戸時代を通して弔う事が出来なかったのだと思います。
高徳院境内には今川義元の仏式の墓も。

豊明 墓 松井宗信 今川重臣 二俣城主 松井宗信 墓 明治9年
こちら重臣も同年に同じ人が供養。尚、子孫がのちの帝国陸軍大将 松井石根 だそうです。

豊明 徳本名号 南無阿弥陀仏 徳本名号

江戸時代、浄土宗の高僧 徳本行者が文化文政のころにこの地をおとずれ、敵味方の区別なく霊を弔うため建立。円筒形。

こういったものをつらつら見ながら丘の上の広場に出ると敷地の向こう側に学校建築かな、なかなかに要塞チックな現代建築を発見。
豊明 某学校建築


豊明 高徳院 塔 遠景
豊明 高徳院 塔 見上げ
納骨堂は年季が入ってくると風景とマッチングすることでしょう。

旧本部棟は古戦場からの全景からフランク・ロイド・ライトの旧帝国ホテルのような石の装飾(明治村にはまだ行けてない)。
豊明 時計塔1
豊明 時計塔2 豊明 時計塔3
豊明 時計塔4

桶狭間古戦場保存会のサイトでは本格的な歴史散策が楽しめるようです。また余裕を見つけましたらね。

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